2005年1月 2日
百鬼巡礼 第二夜 [言霊考]
◆さあ、たそがれ時。化け物の話を一つ、存分にしてみましょう。
(busse posse issue 04/12/25号掲載/文・遠藤卓也)
【言霊】:(コトダマは)近世になって国学者たちが語学関係でよく用いるまでは、あまり使用されていなかった。(中略)コトダマはふつう「言霊」と書かれて、それが「言葉の精霊」を意味するものだろうというくらいである。そして、そんなものは昔の人の迷信だったとしか思われていない。それをとりたてるのは、よっぽど「もの好き」の部類かもしれない。
(豊田国夫著『日本人の言霊思想』より)
…さて、毎回妖怪を紹介しているこのコラムですが、“それで【コトダマ】とはどういうことだ?”と、いわれてしまいそうです。確かに【コトダマ】なんていう妖怪は、何処の妖怪の本を見ても登場しません。しかし、【コトダマ】は妖怪の秘密に迫る為には重要なキーワードなのです。
【コトダマ】とは【言霊】、つまり言葉に霊が宿るという思想で、アニミズム(精霊信仰)に由来するものといえます。この、古代人のあらゆるものに精霊が宿るという信仰の名残からやってきた妖怪というのはたくさん居ます。いわゆる付喪神というやつです。器物も百年使えば霊を宿す、化け傘や鳴釜などの妖怪達がそれに該当します。その、霊が言葉に宿るという【言霊思想】も、広【言霊】にも様々な形態がありますが「名実一体」、名に宿る言葉の精霊感というのは捉えやすいのではないでしょうか?古く中国でも「名は体に応じ、体は名に応ず」などと言われたようですし、仏教の唯識論でも「名は自性を詮にす」といって、この思想を説いているようです。妖怪には、ネーミングがわかり易く「まんまじゃん」なんて言われがちな奴もいますが、そこがかわいらしく愛嬌に繋がっているかと思います。例えば「あかなめ」はその名の通りお風呂の垢を舐める妖怪ですし、「豆腐小僧」は豆腐を持った小僧タイプの妖怪です。他にも「枕返し」や「足長手長」など、行為や物理的特徴が名前になっていますが、そのどれもが“ちょっとウザい”くらいで可愛いげがあってつい興味をもってしまいます。最近まで名前しかなくって水木しげるさんが形を与えた妖怪なども沢山いるはずです。こういった、愛すべき名前=即オチ妖怪達も見方を変えれば言霊の一種です。何らかの、説明できないモノ・コトに名前をつけて精霊を宿したというわけです。
また、妖怪の歴史は古き日本の差別の歴史とも少し関わりがあります。例えば最先端の技術を持った一族がいたとします。その一族が、見たことも無い道具を使いこなし、自分達の腕では想像もつかない事をさらりとやってのけられたら、「妖術だ!」と言うしかないでしょう。…そうやって特殊な技能を持つ集団に自分達と違う名前をつけて区別(畏れや恐れ)していたような歴史もあるらしいのです。これは身体的特徴にも言えますので、先程述べた「足長手長」なんかは「もしかしたら…」とつい想像してしまいますね。
先日、深夜のTV番組でタレントのみうらじゅんさんがとても面白い事を言っていました。「暴走族は暴走族なんてそれらしい名前で呼ばれるから絶えないのだ。例えば“おならプープー族”と、呼称を変えてニュースなどで報道すれば、恥ずかしくてみんな暴走をやめるのではないか?」と。僕はこれぞ妖怪ロジックの現代の利用法だ!と唸ってしまいました。妖怪は怖いものではないので悪役を押し付けてはいけませんが、仕組み的には利用していると言えるでしょう。そして彼はこう続けます、「第2次世界大戦だって、2(ツー)だから3(スリー)もあるかもしれないんです。"完結編"とかって呼んでしまえばいいじゃないですか。」…映画好きの彼らしい発想です。妖怪はなまけものなので戦争は好きではないでしょうから、その言霊はなかなか妖怪じみたアイデアだと思いました。
…さて、大晦日から元旦にかけてなんかは特に、おならプープー族達の動きに注目ですね!
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