2004年11月25日

彼岸と此岸 行ったり来たり

文・斉藤仁昭 - busse posse issue vol.01 掲載

 若かりし高校生の頃や予備校生の頃の登下校の最中に見慣れたいつもの通学路から脱線して川辺で対岸に思いを馳せたり橋の上から川の流れや両岸をぼんやりと眺めるのが好きだった。
何故そんな景色、特に橋からの眺めに興味を引かれていたのだろう。今でもはっきりとはわからないのだけれど、きっと彼岸でも此岸でもないというどっちつかずのようでいてどちらでもあるような状態に心が安らいでいたからだと思う。
 家と学校、現実と妄想、意識と無意識、主観と客観、自分と他人、覚醒と夢、記憶と忘却、平穏と不穏、瞬間と永遠、どちらの状態でも無いようでいてどちらをも一時に把握しているような状態。自分が何者でもなく風景と一体になっているような感覚。
 そういった橋の上(あいだ)に居ること、もしくは橋の両側を往復することが僕がいちばん落ち着ける振る舞いなのだと思う。更に言えば日常と非日常との心地よい軽やかな往復がそのどちらをも豊かにするとさえ思っている。

 松本君や小池君が彼らの仏教に関する活動の一環として彼岸通信というウェブサイトを立ち上げた際、ぼくは彼岸という言葉に惹かれ、そして橋の上の景色が思い浮かび、彼らに僕の、橋に関する話を拙い言葉で伝えた。共感してくれたことがうれしかった。
 また、クラブという場所が半ばありふれた日常でしかないような現状、個人的には徹夜で踊るのが体力的にしんどくまた飽きるという理由から、自分にとって、クラブに替わるような、音楽が楽しめてくつろげるそして隣りの人の話し声が聞こえる(会話ができる)場所はないのかしらと頭の片隅で考えていたところに会を企画した皆に誘われたのもまさしく御縁かしらと思った。

 「彼岸音楽会誰そ彼」は松本君の言葉を借りればー黄昏時というのが昼と夜の間の曖昧な時間帯を言うようにー(クラブでもカフェでもない)アンビバレントな空間ー昼と夜、日常と非日常、音楽と非音楽(遠藤君の言)が境界を曖昧にして存在している空間-でありたいと思っているのと同時に(寺自体が彼岸と此岸の橋渡し的な場所だとも言えるかも)、"彼岸"と名乗っているからには日常生活の彼岸=非日常の場でもありたいし、音楽会をやっているという点においてはクラブやライブハウス、コンサートホールという音楽による非日常を体験する場所の彼岸(それらのどれでもない場所)でもありたいとも思っている。つまり彼岸(橋の向こう側)と名乗りつつも、そこには誰そ彼(双方の境界が曖昧である状態)までもが横たわっているのである。イベントのタイトル自体が両義的であり、ともすれば矛盾を含むためにその懐は大きなものになり得るのではと僕は想像する。おおげさだけれども。

 会を催すにあたって、橋で佇んでいる僕(僕ら)の役割は橋渡しであるけれども橋なんて景色に見とれているうちに渡りきってしまうものです。どうぞお気軽に渡ってきていただいて、会を楽しんでいただければ幸いです。そしてお帰りのあとの皆さんの日常が少しでも豊かなものになればこれに勝るものは無いとも思います。
 更に欲を言えば(仏教においてはむさぼることは良しとされないでしょうが)今後とも彼岸音楽会誰そ彼をどうぞよろしくおねがいします。 

投稿者 tasogarecords : 2004年11月25日 00:42
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