2007年7月18日

A.私は、穏やかならざる時があります。


仏教の教えというのは、怒りや悲しみ、憎しみなどの心の乱れを正しくしていき、平穏な心の状態を保つ教え、と言えますから、それを実践しているお坊さんは、さぞ­かし心穏やかで、優しい、と思われるかもしれません。

ところが、なかなかそう出来ないのが私の心の難しいところ。普段は僧侶らしく、怒らないよう、心を乱さないよう、心穏やかに、と思ってはいても、冷静でいられな­い状況になれば、やはり、人間としての地の部分が出てきてしまうもの。
特に恋人と一緒の時には、「僧侶」としてよりも、一人の「男性」としていたいですし、素の部分が出やすくなります。その上でケンカするわけですから、穏やかに、­と心がけていても、時には冷静さを欠き、感情的になることも、ままあります。

ま、これはあくまで私の事。全てのお坊さんがそうとも限らないでしょう。中には、恋人と一緒にいても、しっかりと僧侶の自分をキープして、ケンカしても慌てず騒­がず、穏やかなままのお坊さんもおられます。
でも、せっかくお坊さんを恋人にするなら、感情的になる人よりも、常に穏やかでいれる人の方が、良いですよねぇ。私も、そうなれるよう、なおいっそうの努力をし­たほうが良さそうです。

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アニメ一休さんで、お坊さん同士が「そもさん、せっぱ!」と問答を掛け合うシーンがありますね。この連載では、ふだん聞きたくてもなかなか聞けないお寺や仏教への素朴な疑問に、お坊さんがわかりやすく答えます。読者のみなさんからの質問も、お待ちしています!
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ケンユウ
石川県のとある温泉街に住む僧侶。みなさんからの質問に、わかりやすく答えます。
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