2005年11月 9日

sample2.jpg どうも皆さん初めまして。
 私、吉村昇洋と申します。 訳あって、本日より精進料理の連載を持つことになりました。 初っ端なので軽く自己紹介をさせて頂きますと、現在の主な肩書きは広島の曹洞宗寺院で副住職をしていることでしょうか。 ですが、今は基本的に東京を拠点に活動しています。 といっても、精進料理店で働いているわけでもなく、調理師免許を持っているわけでもない私が、ここで精進料理について語る機会を得たのは、永平寺での修行経験のお陰であると言えます。

 私は平成14年3月から2年2ヶ月の間、禅宗のひとつ、曹洞宗の大本山永平寺で修行をしていたのですが、そこで5ヶ月強程、大庫院 ( だいくいん ) という調理を目的とした寮舍で1日の大半を食事作りに費やしていました。 しかも、大遠忌 ( だいおんき…曹洞宗祖の道元禅師がお亡くなりになって、50年おきに営まれるイベント。 その年のほぼ半年間、慌しい期間が続く。 平成14年は750回大遠忌の年。) の間でも最も忙しい本法要期間の菜頭長 ( さいじゅうちょう ) でしたので、鍛えられました。 因みに、庫院の組織は上から 典座 ( てんぞ … 役寮、第一責任者 ) ・ 寮長 ( 修行僧の中の責任者 ) ・ 菜頭 ( 下っぱ ) の順になります。 責任者が指示を出して、実際には下っぱが作ります。 下っぱの中でも一応のまとめ役が菜頭長というわけです。

 なぜ修行僧が調理を? と思われるかも知れませんが、曹洞宗では日常生活それ自体を一生懸命且つ当たり前に行うことが修行であるという考えなので、調理ももちろん重要な修行なのです。 しかも、調理場の責任者である典座は、道場組織の中でも重役に位置づけられています。

 というわけで、精進料理と禅は切っても切れない仲ですので、今後この連載で精進料理の作り方と同時に、皆さんに少しでも禅の考え方に触れて頂けたらと思います。 堅苦しくならずに、楽しくやっていきましょう。

 それでは、また。

2005年12月 8日

 先日、精進料理について話をしていましたら、 「 肉がダメなのは知ってたけど、魚もダメなんですか ! ! 」 と驚かれたので、私も違う意味で驚きました。 肉よりも魚の方がヘルシーな感じがするからそう思ったのかも知れませんが、魚介類を使うことは一切出来ません。 ということは、普段の食事に利用するカツオだしの使用もタブーです。 ですから、精進料理で使うだしは、使い慣れたカツオではなく乾燥昆布や干し椎茸、大豆などの植物性の食材のみから取ります。
 ここでさらに、皆さんにとって厄介なお知らせがあります。 このように野菜を中心とした精進料理であっても、野菜によっては使ってはならない食材がいくつかあるのです。

sample03.jpg 禅宗のお寺の入り口には、 「 不許葷酒入山門 ( 葷酒山門より入るを許さず ) 」や、 「 禁葷酒 ( 葷酒を禁ず ) 」 といった文字が彫られた石柱が立っていることがあります。 葷 ( くん ) や酒は寺の中には入れてはいかん! ! ということなのですが、この 「 葷 」 こそ、精進料理で使っても食べてもいけない野菜のことなのです。
 五葷とも、五辛 ( ごしん ) とも呼ばれる5種類の食べてはならない野菜。 実は、この5種類の組み合わせは 国 ・ 時代 ・ 宗教 ・ 思想 によって異なりますが、大まかに言うと 「 にんにく 」 「 ねぎ 」 「 玉ねぎ 」 「 にら 」 「 らっきょう 」 の5つです。

 その他に 「 山椒 」 や 「 生姜 」 が含まれる場合もありますが、この2つは現在の永平寺でも使用されていますので、私も使用することにします。

 それでは何故、これらの5種類の野菜は食してはいけないのでしょうか?

 その最も大きな理由とは、性欲を刺激するせいだと言われています。 欲望を捨て去るのが仏道の根本なので、好んで性欲を刺激する必要がないため、わざわざ食しません。 また、これら五葷は極めて臭気が強く、修行の妨げになるからというのも一因のようです。

 そして、先程御紹介しました禅風をよく表現している 「 不許葷酒入山門 」 の語。 実を言うとこれには、もう1つの読み方があるのです。

 「 許されざる葷酒、山門より入る。」

 本当はダメだけど、葷や酒がお寺の中に入っていくよ。 という詭弁ですが、笑い話で使われます。 つまり、こんな解釈が出るほど五葷や酒は魅力的なモノなのでしょう。 でも安心してください。 五葷や肉、魚を使わなくても丁寧な仕込みや工夫次第で十分に美味しい料理を作ることは可能です。
 ただ、料理酒は現代の精進料理で使用されます。 まぁ、直接呑むわけではないですからね。

2005年12月22日

 精 進 料 理 。 この4つの漢字を見て皆さんは何を思い浮かべるでしょうか? 肉や魚を使わない料理のことだろ。 そんなことぐらい知っとるわい。 と思ったそこのあなた!!
 正解です。 が…しかし、不十分です。 肉や魚を使わないだけでしたら、 「 野菜料理 」 と呼べば良いはずです。 では何故、わざわざ野菜料理に 「 精進 」 という言葉が使われているのでしょうか? 

 精進には 「 ①仏道修行に励むこと  ②心身を浄め、行いを慎むこと  ③肉食せず、菜食すること  ④一所懸命に努力すること ( 『 広辞苑 』より ) 」 という意味があります。 そう言えば 『 ミスター味っ子 』 という料理漫画には 「 精進せいよ!」 と決まり文句を言う登場人物 ・ 味皇がいましたが、これは明らかに ④ の意味で使われています。 ① の意味で言っていたら仏教漫画になってしまいますね。
 まぁ、それはそれで面白そうですが…。

 さて、話を戻しましょう。 もともと 「 精進 」 は仏教用語で、① の意味でしたが、転化して②、③、④ の意味でも使われるようになりました。 ②、③、④ は ① の内容説明みたいなものですから、矛盾は生じません。 となれば、もう皆さんもお察しの通り、精進料理とは仏道修行に励む為の料理ということになります。 野菜料理と明確に異なる点はズバリここなのです。

 では、仏道修行とは何か? 私にとっては 「 飽くなき自己の根拠を問う旅 」 としての仏道ですから、精進料理とはその旅をする心身の為の食事と位置付けられます。 さらに言えば、何を食べるかではなく、どのように頂くかということの方が私には重要なのです。 同じ野菜を頂くにしても、どのような腹づもりで食べるのか? また、そのように食べてもらうには、どのように作れば良いのか? そもそも私と食べ物との関係とは何か?

 このような視点に基づく食に関しての行動が、精進料理を作ることであり、食べるということなのです。

 とりあえず今回はこの辺で。

 それでは、また。

2006年3月13日

 コラムの第1回でも申し上げました通り、私は曹洞宗大本山永平寺で修行をしていた時、道場の台所である大庫院(だいくいん)という寮舍(部署)に5ヶ月強ほど配属されておりました。 曹洞宗の修行道場では、台所のことを典座寮(てんぞりょう)と呼ぶのが通常ですが、永平寺では庫院と呼んでいました。
eiheiji04.jpg 永平寺の山内は時代とともに拡張されてとても広く、雲水(修行僧)の数も多いので、2つの庫院が設置されています。 私の居た大庫院は山の中腹にあって、その近辺の寮舍にいる雲水や大切なお客様の為の食事、また僧堂で食べる用の食事を作り、一方、山のふもと辺りにある小庫院では、その近辺の寮舍にいる雲水や宿房に泊まる一般参拝者の為の食事を作ります。

 それではここで、私のいた頃の大庫院の一日を2回に分けてご紹介しましょう。 今回は午前中編です。

■振鈴2時間前…仏様用のお供えを作る仏菜(ぶっさい)当番1名、大衆(だいしゅう…修行僧)
  の小食(しょうじき…朝食)用の胡麻塩、沢庵、粥を作る大衆加番1名が起床。
■振鈴50分前…あらゆる準備をする典行(てんなん)当番1名起床。
■振鈴(夏期は3時半・冬期は4時半)…その他の役に当たっていない人が起床。 小食用の手
  伝いをする大衆当番 ・大加番(おおかばん)の2名以外は暁天坐禅(朝の坐禅)、朝課諷経
  (ちょうかふぎん…朝のお勤め) を行ずる。
■朝課中、仏菜当番と典行当番で典座和尚の部屋、野菜置き場、水回りを掃除。
■他の寮舍から僧堂で食事を配る役目の浄人(じょうにん)が来るので、配膳する。
■僧堂に食事を運ぶ前に、典座和尚が修行僧に食事を供養(お供え)する前の儀式・僧食九拝
  (そうじききゅうはい)を庫院前にまつる護法韋駄尊天の面前で執り行う。
■僧食九拝後、典座和尚の部屋にて行われる朝参の拝に典行当番が参加。
■僧堂で小食を行ずる。
■小食後、大衆当番 (大衆当番・大衆加番・大加番) の3名で中食(ちゅうじき…昼食)の準備。
  仏菜当番が小食前に作った昼の仏菜を準備。

 ここまでが、午前中の大まかな流れです。 1日ごとに役目が代わり、このように当番に当たると、午前中は非常にあわただしく動かなければなりません。 とくに2時間前に起きる仏菜当番と大衆加番はほとんど寝る時間がありませんから、結構大変な役目です。

 そして小食・中食時、僧堂に料理を運ぶ前に行う僧食九拝という儀式は、道元禅の特徴がよく出ているところです。 曹洞宗の料理に関しての心得は道元禅師がお書きになった 『典座教訓(てんぞきょうくん)』、食時(じきじ)作法については 『赴粥飯法(ふしゅくはんぽう)』 という書物がそれぞれあります。

 道元禅師は『典座教訓』 の中で、修行僧の食べる食事に対して、作った本人である典座が、香を焚き心をこめて九拝の礼をして送り出すという丁重な礼法が当時の日本には伝わっておらず、食事と言う行為を軽く見ている日本仏教を嘆いておられ、食事は修行であるという思想とともに、僧食九拝という儀式の重要性が説かれています。 因みに「九」という数字は中国では満数なので、九拝とは最上級の礼法を指します。

 つまりは、共に生きる人々に私の作った食事を食べていただくという心のこもった姿勢なしには、精進料理を語ることはできないということです。


参考文献
 道元 『典座教訓・赴粥飯法』 全訳注:中村璋八・石川力山・中村信幸  講談社 一九九一年

2006年3月23日

  前回は、午前中の大庫院の様子をご紹介しました。 今回はその続きとなりますので、合わせてお読み下さい。
  それでは早速、午後からの様子をご紹介することにしましょう。

eiheiji02.jpg■日中諷経 (昼のお勤め) 中、他の寮舍から僧堂で食
  事を配る役目の浄人が来るので、配膳をする。
■朝と同じく、僧堂に料理を運ぶ前に、典行当番が修行
  僧に食事を供養(お供え)するための僧食九拝を行う。
■僧堂で中食を行ずる。
■中食後、大衆当番の3人で薬石 (やくせき…夕食) 準
  備。役平当番が役平 (やくびら…役寮さん用のプラス
  一品) を調理。
■晩課諷経 (夕方のお勤め) 中、他の寮舍から僧堂で
  食事を配る役目の浄人が来るので、配膳する。
■僧堂で薬石を行ずる。
■薬石を作り終えた後、庫院内の調理器具、床などを全
  てきれいに掃除。
■夜坐 (夜の坐禅) に行く。 典行当番は、日誌の記入、
  ガスの点検などを行なう。 仏菜当番は、明日の早朝分の仏菜を作る。 大衆加番は明朝粥用
  の米を研ぐ。
■21時開枕 (就寝)

  大まかな流れは、こんな感じです。 午後は午前中ほどの慌ただしさはありませんが、ひとつひとつは午前中とほぼ同じように機能しています。

  特徴的なのが、夕食の呼び方でしょうか。 我々は 「薬石」 と呼んでいます。 朝食が小食、昼食が中食、それでは夕食は 「大食」 じゃないの? と思った方もいらっしゃるかも知れませんが、そうは呼ばないのには理由があるのです。

  もともとインドの修行者の間では正午を過ぎて食事をとらないことがルールでしたが、中国 ・ 日本では夕食をとる形に変化していきました。 これを薬石と呼ぶのは、仏の制戒に反するところでも飢えと渇きの病を療ずる薬として服するということ、また、古来は自分の懐に温めた石を抱いて一時的に空腹をしのいだことの二点からその名称がついたと言われています。 お茶席で頂く簡素なお食事のことを懐石と呼びますが、後者のエピソードが語源となっています。

2007年2月18日

eiheiji05.jpg  今年の冬は、お腹にくるタチの悪い風邪が流行っています。 皆さんはいかがお過ごしでしょうか? 実はかく言う私も、先日風邪で寝込んでおりまして、食欲が全く湧かなくて大変でした。 ですが、そんな体調でも、お粥ならば食べられてしまうのが不思議です。

  風邪を引いた時にしかほとんど口にしないお粥ですが、私にとっては非常になじみ深い食べ物で、永平寺で修行していた2年2ヶ月間、毎朝の食事でこのお粥を食べていました。 因みに、永平寺では お粥 (おかゆ) とは言わず、粥 (しゅく) もしくは、浄粥 (じょうしゅく) と呼んでいます。

(写真 : 永平寺僧堂前の廊下。 左側の柵は雪囲い)

  曹洞宗の宗祖である道元禅師は、僧堂に赴(おもむ)いて朝食の粥や昼食の飯を頂く作法を 『赴粥飯法(ふしゅくはんぽう)』 という著書に示しました。 その中には、禅宗の寺院における食事作法の根本意義をはじめ、実際の作法についてこと細かに順を追って説明がなされていますが、今回のテーマである 「粥」 についても面白い記述が見られます。

   粥有十利 (しゅうゆうじり) … 粥には十の功徳がある。

  この「粥有十利」は、道元禅師自身が 『僧祇律(そうぎりつ)』 という仏典から引用していて、次にあげる十項目を指します。

   一、血色を良くする
   二、力を得る
   三、寿命を延ばす
   四、苦痛がない
   五、言葉がはっきりする
   六、胸のつかえが治る
   七、風邪が治る
   八、空腹が癒える
   九、のどの渇きが消える
   十、大小便の通じが良くなる

  仏の教えの中にお粥について細かく述べられているというのは、何だか不思議なものですが、それだけ 「粥」 を食べるということが、仏教者にとって重要な行為なのだと分かります。 そんな粥を永平寺の修行僧が毎朝必ず食べるのは、粥のありがたいパワーによって生かしていただき、身体を整え、その生命の上で仏道修行に励むためです。

  食べられる側の存在なくしては、食べる側の存在はあり得ません。 己自身と、目の前の料理との関係をよくよく理解して食べることが、重要なのだと思います。


参考文献
道元 『典座教訓・赴粥飯法』 全訳注:中村璋八・石川力山・中村信幸 講談社 一九九一年

生活そのものが修行であるとする曹洞宗の大本山永平寺では、修行僧が料理を作ります。料理を作ることも、食べることも、坐禅をすることと同様に仏道修行そのものなのです。 その永平寺で本場の精進料理と出会った吉村昇洋が、分かりやすく且ついい感じに、精進料理とその背景を紹介していきます。 見やすく分かりやすいレシピ付き!
吉村昇洋
広島の曹洞宗寺院副住職。 1977年生まれ。駒沢大学大学院仏教学専攻修士課程修了後、学問の世界から飛び出して実践の場を求め、曹洞宗大本山永平寺にて2年2ヶ月間の修行生活を送り、現在に至る。