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2010年5月 アーカイブ

2010年5月15日

shoyo01.gif 子どもがお母さんと一緒に餃子の皮に具を詰めるお手伝いをする。 一般的な家庭の中で、よくある光景ですが、餃子の皮から作る家庭はそう多くはないのではないでしょうか? 今回ご紹介する料理は、そんな皮から作る餃子作りを彷彿とさせる一品です。

 と言っても、餃子というよりは中華料理の " ニラまんじゅう " に近い料理です。 餃子では、基本的に皮は強力粉と薄力粉で作りますが、ニラまんじゅうは白玉粉 (米粉)を入れて、モチモチとした食感を出していきます。

 そして、精進料理では通常ニラまんじゅうに使われる豚肉もニラなどの五葷(ごくん) も使用できませんので、豆腐や他の野菜で代用することになります。 今回は、下にあげたような野菜を使用していますが、冷蔵庫の残り野菜なら何を使っていただいても結構です。

 是非とも、ご自身のオリジナルな " 精進まんじゅう " を、ご家族と一緒に作ってみてください!!

shojin-manjyu.jpg


【 レシピ 】 <4人分>
<具>
・小松菜・・・1パック
・しめじ・・・1パック
・糸こんにゃく・・・1パック
・もめん豆腐・・・1丁
・片栗粉・・・大さじ1

・天然塩・・・小さじ1
・薄口醤油・・・大さじ1
・日本酒・・・大さじ2

<まんじゅう皮>
・水・・・150g
・白玉粉・・・100g
・薄力粉・・・100g
・片栗粉(打ち粉として)・・・適量

【 作り方 】 出来上がりTIME 45分
 <下準備>
・ もめん豆腐に2時間ほど重しを乗せ、よく水を切る。
・ 小松菜は、塩を入れた沸騰した湯に根元を10秒浸した後、全体を30秒ほど茹で、ザルにあげて団扇で冷ます。 粗熱が取れたら、粗めのみじん切りにしておく。
・ しめじは、軽く水洗いした後、粗めのみじん切りにしておく。
・ 糸こんにゃくは、沸騰した湯で2分ほど茹で、水にさらした後、4㎝幅程度に切り分けておく。
・ 綺麗なボウルを用意し、中に白玉粉と水を入れ、粉が無くなるまでよく混ぜ、さらに小麦粉を加えて練り混ぜ、玉にして<まんじゅう皮>の下地を作る。

shojin-manjyu-kiji.jpg(1) よく熱したフライパンで糸こんにゃく、しめじ、小松菜の順に炒める。 余計な水分が飛んだら、ごま油小さじ1をひいて炒め、天然塩、薄口醤油、日本酒で味付けし、別のボウルに入れる。

(2) (1)のボウルに、水を切ったもめん豆腐を崩しながら入れ、さらにつなぎの片栗粉を分量入れ、良くかき混ぜる。

(3) まんじゅう皮の玉を、長い筒状に伸ばした後8等分して、片栗粉を打ち粉にしながらそれぞれ薄い円形の生地にめん棒で成形する。

(4) (3)に(1)の具をのせ、皮の縁を寄せながら包んでいく。

(5) フライパンにごま油大さじ1を熱し、(4)の包んだ部分を下にして並べ、両面がきつね色になるまで強火でさっと焼く。 そこに、熱湯1/2カップを回し入れ、すぐにフタをし、中弱火にして水気がなくなるまで炒め蒸しにする。

(6) (5)をクッキングペーパーに一旦置いて油を拭き取り、器に盛って、完成。


作り方のポイント
・ 炒め蒸しにするときは、水よりも熱湯を使った方が、手早く出来上がります。
・ まんじゅうは、水気が無くなるまで炒めたらフタを取って、表面がパリっとなるまで軽く炒めた方が、美味しいです。

ひとこと
shoyo01.gif  基本的には、中の具に味がしっかりとついているので何もつけず食べていただいて結構ですが、お好みでポン酢やわさび、ゆず胡椒などを添えても美味しく食べられます。
 また、<具> が余ったときは、丸めて焼けば、豆腐ハンバーグになりますので、残さないように無理やり詰めようとしなくても、大丈夫です。

2010年5月 1日

eiheiji001.jpg 最近、色んな場所で精進料理や禅仏教のお話をさせていただく機会が増えてきました。 その中で、私の僧侶としてのルーツについて語るときには、決まって永平寺での修行生活のことをお話しさせて頂いています。

 ひと通りお話を終え、質疑応答の時間を設けると、"永平寺では、どんな修行をされるんですか?" といった質問を受けることがあります。

 もちろん禅道場ですから、坐禅、勤行などが一番最初に頭に浮かびやすいことと思いますが、実は普段皆さんも日常的に行っている、ある "ありふれた" 行動を、一日の中で最も長くやっているのです。 お分かりになりますでしょうか?

 単刀直入に申しますと、その答えというのは、" 掃除 " なのです。 禅宗では、掃除のことを作務(さむ) と申しますが、正直に言って永平寺に入る前は、修行というと坐禅ばかりするものと思っていました。 しかし、朝の食事後すぐに開始される回廊掃除、午前と午後の作務、諸々の作務など、一日の大半を掃除に費やすのです。

 確かに、僧侶と掃除姿は非常にマッチするものがありますが、仏道修行として掃除をここまでする意味があるのか? と思った時もありました。 さらに言うと、直歳寮(しっすいりょう) と呼ばれる、一日中作務を行っていると言っても過言ではない部署まで存在しているのはなぜか? と疑問に思っていました。

 ところが、ある時その答えを見つけることができたのです。 修行生活も半年経って、板の廊下を素足で走っても足の裏の皮膚がめくり上がらない程度に鍛えられた頃のことです。 私は、50人くらいの修行僧が、永平寺の板張りの回廊を上から下まで、20~30分間かけて一気に拭ききる " 回廊掃除 " に参加していました。 腰をかがめて、固く絞った濡れ雑巾で拭き続けるという体勢なものですから、多くの者がどうしても楽をしたくなり、階段の隅々まで拭き切っているとは言い難い状況でした。 そんな中、同期のある修行僧が、手を抜かずに拭き残された階段の隅を拭いていくのを目撃したのです。

 その時私は、この苦しい状況を何とかやりすごそうと、手を抜いていた自分に気がつきました。 それと同時に、苦しいが故に楽をしようとして手を抜く大半の修行僧に染まらず、ただひたすらに自分と向き合って、黙々と掃除をこなす彼の姿には、神々しささえ感じました。 それからというもの、彼に触発された私は、いくら苦しくても手を抜かないように努めました。 するとどうでしょう、それまでの回廊掃除では味わったことのない、何とも言えない爽快感を感じるようになったのです。

 掃除は、物理的に汚れている場所を綺麗にすることが目的ですが、同時に私の心も綺麗にしてくれていたということなのでしょう。

 また、ある時、スリランカのお坊さんと話をしていて、スリランカの仏教では掃除をどのように位置づけているのか聞くと、「スリランカの僧侶も掃除はするよ。仏教の基本だからね」 との答えが返ってきました。 なぜ、掃除をするのかまでは、聞きませんでしたが、妙に納得したのを覚えています。

 掃除は、目に見えて自分の心持ちが反映される行為です。 仏道という、他者との共同生活を実践の中心に置き、その中で個々人のセルフ・コントロールを重視する価値観の中で " 掃除が基本 " とされるのは、言わば当然のことなのかも知れません。

生活そのものが修行であるとする曹洞宗の大本山永平寺では、修行僧が料理を作ります。 料理を作ることも、食べることも、坐禅や掃除と同様に仏道修行そのものなのです。 その永平寺で本場の精進料理と出会った吉村昇洋が、分かりやすく且ついい感じに、精進料理とその背景を紹介していきます。 見やすく分かりやすいレシピ付き! 更新は毎月1日と15日の2回です。
吉村昇洋
広島県内の曹洞宗寺院副住職。 1977年3月生まれ。駒沢大学大学院仏教学専攻修士課程修了後、学問の世界から飛び出して実践の場を求め、曹洞宗大本山永平寺にて2年2ヶ月間の修行生活を送り、現在に至る。