今年の冬は、お腹にくるタチの悪い風邪が流行っています。 皆さんはいかがお過ごしでしょうか? 実はかく言う私も、先日風邪で寝込んでおりまして、食欲が全く湧かなくて大変でした。 ですが、そんな体調でも、お粥ならば食べられてしまうのが不思議です。
風邪を引いた時にしかほとんど口にしないお粥ですが、私にとっては非常になじみ深い食べ物で、永平寺で修行していた2年2ヶ月間、毎朝の食事でこのお粥を食べていました。 因みに、永平寺では お粥 (おかゆ) とは言わず、粥 (しゅく) もしくは、浄粥 (じょうしゅく) と呼んでいます。
(写真 : 永平寺僧堂前の廊下。 左側の柵は雪囲い)
曹洞宗の宗祖である道元禅師は、僧堂に赴(おもむ)いて朝食の粥や昼食の飯を頂く作法を 『赴粥飯法(ふしゅくはんぽう)』 という著書に示しました。 その中には、禅宗の寺院における食事作法の根本意義をはじめ、実際の作法についてこと細かに順を追って説明がなされていますが、今回のテーマである 「粥」 についても面白い記述が見られます。
粥有十利 (しゅうゆうじり) … 粥には十の功徳がある。
この「粥有十利」は、道元禅師自身が 『僧祇律(そうぎりつ)』 という仏典から引用していて、次にあげる十項目を指します。
一、血色を良くする
二、力を得る
三、寿命を延ばす
四、苦痛がない
五、言葉がはっきりする
六、胸のつかえが治る
七、風邪が治る
八、空腹が癒える
九、のどの渇きが消える
十、大小便の通じが良くなる
仏の教えの中にお粥について細かく述べられているというのは、何だか不思議なものですが、それだけ 「粥」 を食べるということが、仏教者にとって重要な行為なのだと分かります。 そんな粥を永平寺の修行僧が毎朝必ず食べるのは、粥のありがたいパワーによって生かしていただき、身体を整え、その生命の上で仏道修行に励むためです。
食べられる側の存在なくしては、食べる側の存在はあり得ません。 己自身と、目の前の料理との関係をよくよく理解して食べることが、重要なのだと思います。
参考文献
道元 『典座教訓・赴粥飯法』 全訳注:中村璋八・石川力山・中村信幸 講談社 一九九一年