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2007年5月 アーカイブ

2007年5月30日

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岡本太郎と野沢温泉

温泉地の中には、
「自然湧出」というのを提唱している温泉地もあって、
たとえば野沢温泉は自然湧出のみで温泉をまかなってるらしいです。
これ、すごいことですよ。

実は晩年の岡本太郎は、40半ばくらいからスキーをやり始めて、
野沢温泉に行き始めたんです。
「湯」という岡本太郎デザインの字を書いてたりして。
野沢温泉のホームページを見たら、今でもその字が出てきますね。

で、岡本太郎という人は縄文文化、縄文パワーというものをすごく提唱していた人で、
あの縄文の爆発をみんな忘れちゃいけないってことで、
若いころから青森とかの古来の日本が残ってる場所に行ったりして、
それこそ「なまはげ」なども縄文の名残なんだとか言うことで研究してて
写真など撮ってるわけです。

そんな岡本太郎が晩年野沢温泉に行き始めたというのは、
たぶん彼は野沢温泉にそういった縄文のパワーを見たんだと思うんです。

その縄文パワーっていうのは、
今以上に自然や土地のパワーとかを肌身で感じて、
自然の摂理の中で生きてたという、
科学文明以前の、自然を大事にした文化で、
そこをもとめたゆえに、彼は野沢温泉に行き着いた、と僕は思うんです。

温泉という太古の昔から自然に湧いてるものに触れることによって、
縄文に触れる、
自然のパワーに触れる、
いわば自然の神様にも触れる、
というところにも行き着くんじゃないかと。

そしてそこには、
目に見えない「気」みたいなものもあるんだと思います。

自然湧出温泉には湯の良さのみならず、
掘ってポンプアップした温泉には到底出しえない
「気」のパワーみたいなものがあるのでは、と。

なぜなら、
自然湧出温泉は地球が自ら地表の生命に対して与えてくれた、
ギフト、なのですから。

非科学的な話ですけど、僕はそう信じたいですね。


「源泉掛け流し」から「自然湧出」へ

皆さん、
源泉掛け流し、から、
さらに一歩進んで、
自然湧出温泉に目を向けましょう。

そうすることで、
本物の温泉をさらに感じられるはずだと思うし、
温泉の繊細な湯の良さ、
良い湯のバイブレーションを感じられるようになるはずですから。

それは人間が忘れてきた、
自然の気のパワーを感じる力を、
取り戻す行為でもあるのではないかと思うのです。

今数多ある、自然湧出ではない温泉を否定するわけではありません。
今の日本の全温泉の7割は自然湧出ではないとのことです。
それを否定しちゃうと、数多の旅館や温泉地に対する否定、
ないしは今の日本の温泉文化の否定へとつながっていきますから。

されど、温泉を享受する僕らが
「自然湧出温泉こそ温泉の本来の姿なのだ」
という認識を持って温泉に接していくことが、重要なのではないでしょうか。


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今回の僕の持論に対しては、
かなりの反論も出てくるものと思います。
いろんなご意見、ドンドンお寄せください。

喧々諤々、
温泉というものについて論じていくことが、
ここ
「温泉道場」
なのですから。

2007年5月23日

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温泉は地球の動脈

僕はいつも思うんですけど、
掘削して無理やり湯を引き上げるということは、
地球を人間で置き換えたら、動脈注射して、
血を吸い上げてるみたいなものなのじゃないかなと。
動脈の血は、それはフレッシュでいい血なわけで。
人間の生命の活力となってる血、なのですからね。

それと同じで、地球の奥底の湯というものも、
地球という生命体の活力となって
地球内で働いてる新鮮な血みたいなものなのではないかと思うわけです。

ですから、それを無理やりに人間のエゴで引き上げてしまうってのは、
地球さんにとってみたら、やめてくれぇ、と
悲鳴を上げてるのでは、とも考えられますね。

人間だって、蚊に血を吸われたらめっちゃ嫌ですからね。
それ以上のことを地球にやっちゃってるのじゃないかと思うんですよ。

ですから、新たに温泉を掘るのはやめたほうがいいのではないでしょうか。
多分ドンドン深堀掘削温泉はこれから出来てくるんでしょうけど、
これを認めて、いい湯が出たと喜んでると、
いつか地球からのしっぺ返しがくるんじゃないかとも思うんです。
まあこれは僕が感じてる極論であり、かなりスピリチュアルな話ともいえるので、
科学的な反論とかもあるんでしょうけどね。

もともと自然湧出してた温泉地で、
時代の流れて湯脈がなくなって温泉が出なくなりだして、
でも温泉旅館などをやってるので、
やむを得ず新たな湯脈を掘って湯を出したってのなら、まだ分かりますが、
湯脈のないところを深く掘って動力楊湯してまで、温泉を新たに作りあげることには、
ストップをかけたほうがいいのではないでしょうか。


地球の恵みをいただく

皆さん、昔ながらの自然湧出温泉に行きましょう!

自然湧出、つまり地上まで自然にお湯が湧いてくる温泉は、
やっぱり地球が
「いいお湯ですよ~、どうぞ入ってくださ~い」
と提供してくださってる、ありがたい湯であり、
多分成分以上に、いわゆる地球のいい「気」、
みたいなのも含まれてると思うんですよねえ。
そういう見えないパワーもあるんじゃないかと思うわけです。

で、そこには
「人間を生かしてくださってる、自然、地球」
というのも見えてきますよね。
そういう地球に感謝する気持ちを持って温泉に入りたいものです。

ですから、確かに掛け流しでいい湯である、掘削動力楊湯温泉ですが、
これを本物温泉と、僕は呼びたくないんです。
あくまでも本物温泉と呼べるのは、自然湧出の掛け流し温泉だけ、ですよ。

みんながそういう真の本物を求める気持ち、
「地球の恵みとしての温泉をいただかしてもらってます」という気持ちを持って、
自然湧出温泉のみが本物温泉なのだという意識を持つようになることが
大切なんじゃないでしょうか。

日本は火山帯の上にある国なので、
太古からそういう自然湧出の温泉がたくさんある貴重な国であるし、
今でもそうなんです。
ですから、いろいろ旅館や温泉地とかのしがらみもあるでしょうけど、
「自然自噴以外温泉と認めない」とかの法律を作って(実際フランスはそうらしいんです)、掘削を規制していかないと。
これは僕の極論ですから、実際にはなかなか出来ないでしょうけどね。

掘削動力楊湯温泉はお手軽にいい湯に入れるし、
僕も温泉好きですから、ちょこちょこ入りに行っちゃったりしますが、
やっぱりお手軽な動力楊湯の源泉掛け流し甘んじてはいけないんじゃないかと。
自然湧出温泉に目を向けて、
地方のド田舎の昔ながらの名湯にわざわざ足を運んで行くというのが、
いいんじゃないでしょうか。
そして、温泉というすばらしいものを与えてくださってる地球に感謝したいものです。

2007年5月16日

無理やり引っ張り上げた湯

ここ2,3年、掘削技術が近年どんどん発達してきたので、
都内近辺では源泉掛け流しのスパ温泉がドンドン出来てきてます。

昔だったら、
「温泉脈があるところを見つけて、温泉を掘り当てて、一山当てるぞぉ」
っていう話も聞いたものですが、
今では1000mを超える大深度ボーリングが可能になってきて、
「お金をかけて、深く掘れば、この日本、どこでも熱い湯が出る」
という世になってきました。

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全世界の陸地地表を平均すると、
100m掘削するごとに3℃上昇するらしいので、
深く掘ればどこでも大体、熱い湯が出るとのことです。
ですから昨今、
大資本を持ってる企業とかが千メートル以上深く掘って
温泉を出してるという状況がドンドン出てきてます。

で、ここで問題なのは、
深く掘って湯脈に到達したとしても、
実は掘っただけでは温泉は湧き出てこないということです。

いわゆる昔からの温泉地で、湯脈があるような所なら、
ちょっと掘れば自然にあふれ出してきたという事例があるでしょうけど、
そうじゃないんです。

いわゆる「動力楊湯」と呼ばれるもので、
エアポンプを使って動力で地中から温泉を引き上げてるわけなんです。
よく「何千メートルから湧き出した湯」とか書いてありますが、
実際は湧き出てるんじゃなくて、
「何千メートルの底から無理やり引っ張り上げた湯」なのです。

火山じゃないんだから、
何千メートルも底から湯が吹き出だすってことじゃないんですね。
逆にそんなのあったら噴火なので、怖いですよね。
ですから、昨今できてる都内近郊温泉は、
大体が「掘削動力楊湯温泉」なんですよ。

「温泉を掘る」などということが言われるようになって来たのは、
明治時代の末ぐらいから
「温泉の脈があるところを見つけて掘ったら、ドバーっと温泉が出てくるぞぉ」
というのが分かり始めて、
「温泉一発掘り当てるぅ」というのが始まったんです。

これがいわゆる「掘削自噴温泉」ですね。
地上まで自然に湧出はしてないが、地下にある湯脈まで掘ってあるので、
自然に湧き出てくるという温泉ですね。

だいたい深さ400mぐらいまでなら自噴するらしいです。
鉱山を掘っていたら、たまたま湯脈に出くわし、
湧き出してきたなどという話もあるらしいですよ。


侮れない都内のスパ

それが、この近代化やバブル時代の温泉宿の乱立で、
「もっと深く掘れば熱い湯が出る」的なことがわかってきて、
旅館やスパ温泉はドンドンと掘り出して、で今日に至るわけです。
その結果ここ数年、新たに掘削したスパ温泉でも
源泉掛け流しの所が、都内近辺でもドンドン出来始めているわけです。

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で、僕も実際、こういう新興スパ掛け流し温泉に訪れるわけですが、
これが入ってみると、なかなか侮れないいい湯なのですよ。
もちろん循環もしてないし、
掛け流しだから塩素消毒をする必要もほとんどなく、
新鮮な湯が味わえるんです。
入浴後のプールっぽいほのかな塩素臭もしないんです。
(あの香りはまた銭湯っぽさがあって
それはそれで郷愁を起こさせて、いいんですけどね)

ですからこれからも、
2,000m近く掘って、いちおう本物温泉を動力楊湯した
源泉掛け流しスパ温泉が、増える傾向にあると思います。
それも都市から若干離れたぐらいの気軽に行ける距離の所に。
僕のような温泉好きには、近場でいい湯に入れるようになって、
ほんとうれしい限りです。

しかし、ここであえて言いましょう。
もう新たな温泉を掘るのはやめたほうが良いんじゃないか、と。


もう温泉を掘るのはやめよう

2005年2月10日、
東京都北区浮間1丁目(北赤羽付近)の温泉掘削工事現場で、
地中から天然ガスが噴き出して引火したのは、記憶に新しいと思います。
ネットでも動画が見れますが、
http://bbnews.jp/archives/2005/02/11/020401.html
かなり火が吹きまくって、怖いですよ。

実は、千葉県の北部、
南関東ガス田と呼ばれる天然ガスが出る地域では、
今でも畑の横からガスがプウプウと出てたりするんです。
北赤羽の事故はまさにそういう、
「湯脈」ではなく「油脈」を無造作に掘ってしまって、
なっちゃった事故といえるでしょう。

今年、東京都は
「個人向けのマンション等に使用する新規に掘削する温泉の数を規制する」と
温泉掘削規制を決めました。
「東京都内の温泉付きマンション」なども出来てたりするんですけど、
東京都も「地下水の枯渇や地盤沈下などが懸念される」ということで、
掘削規制が決まったわけです。

どう考えても、この先、地中を掘りまくっていったら、地盤沈下や、それこそ、
怖いけど地震にも影響してくるんじゃないかと思うんです。

2007年5月 9日

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温泉とは何なのか

温泉とは読んで字のごとく「温かい泉」であり、
地面から温かい水が湧き出てる所、なわけですが、
今の日本の温泉法による定義では
「温泉とは、泉源で採取されるとき、摂氏25度以上か、
又は特定の成分を含有量1kg中に一定量以上含む」
ということになってます。

25度ぐらいの湯ってのは
体感温度的にはほとんど水風呂の感覚なんですが、
25度以上なら温かい湯とみなされて、温泉なんですね。

で、25度以下でも成分が濃いかったら
今の法律ではこれまた温泉とみなされます。
昔ではこれは「鉱泉」と呼ばれ、
冷たい水だけど入ったり飲んだりすると効能があるといって
重宝がられてたわけです。

と、法律的・理屈的にはこういう風に温泉が定義されるのですが、
そんな温泉というものの
「何に」「どこに」
僕自身が魅せられているのだろうかとあらためて考える時、
やはり大きなひとつのことが浮かんできます。

それは
「自然の恵み、大地のパワーをいただくありがたさ」
というところに行き着くんです。


自然の恵み、大地のパワー

皆さん、あらためて一度考えてみてください。
温かいお湯が、もしくは薬効成分のある効く水が、
湧き出てるということの、ありがたみを。

その昔、温かいお湯が湧いている、
効き目のある水が湧いているということは、
大変貴重だったに違いありません。

今じゃあ火なんてどこでも手に入るし、
湯沸かしなんてどこでもあるし、
温かい湯のありがたみってあんまりなくなってますけど、
昔は自然に温かい湯が湧いてるなんて、
ほんと貴重で贅沢極まりないことだったでしょう。

また、鉱泉のように、薬効がある水ってのは、
今みたいにそんなに薬のない時代では、
大変貴重だったわけです。

そして今の時代もなお湧き続ける温泉の、
そうした「自然の恵み」みたいなものに触れたいっていう思いが、
温泉へと足を運ばせる大きな要因になってるような気がするんです。

そんな「自然の恵み、大地のパワー」ということをさらに突き詰めた時に、
ではどんな温泉が自分を究極に納得させうるものなのだろうか、
と考えるわけです。


温泉の湧き出し方〜自然湧出

みなさん。
昨今、良い温泉の代表的な事柄として語られる「源泉掛け流し」という言葉。
「温泉は循環ではなく源泉掛け流しが最高なのだ」というのは、
温泉好きの間ではよく語られることです。

確かに新鮮な源泉が贅沢に掛け流されている温泉は、
湯的に新鮮なものだし、すばらしいわけですが、
その源泉がどのようにして湧き出しているかというところに、
僕は常々考えてしまうんですよ。

昨今できたスパ温泉なんかに行くと
「地下何千メートルから湧き出した」
などという謳い文句が書いてありますが、
それは本当に「湧き出した」と言えるものなのか。

温泉の湧きだし方には大きく分けて、三種類あります。
ひとつは自然に湧き出てる「自然湧出温泉」。
次に、地面を掘ったら自然に湧き出した、という「掘削自噴温泉」。
そして、地面を掘ってさらにポンプで汲み揚げている「掘削動力楊湯」ですね。
他にも「化学的に造成した温泉」ってのもあったりしますが、
大きく分けてこの三種類ですね。

で、皆さん、いま一度、温泉というものについて考えてみてください。

よく「温泉を掘る」などということを言いますが、
その昔、江戸時代までは、井戸を掘るといっても、
お江戸の井戸掘り名人はせいぜい何十メートルが関の山でした。
超名人でも300mだったらしいです。
人力で掘ってるのですから、300mも掘るなんて、
それはもうすごいことですけどね。

これは大都会のお江戸の話で、
田舎の温泉で「掘る」ってことはまずなかったわけで、
すべてが「自然湧出」だったと考えられますね。

ですから昔は「自然に湧き出る温かい泉」が温泉だったわけなんです。
そりゃ時々は、
「ここを掘りなさいぃ」という神様のお告げで掘ってみたら湧いて出た、
ってのもあるでしょうけど、
基本的に温泉は「自然に沸き出てる泉」以外の何物でもなかったわけです。

日頃から温泉温泉とうるさい僕は、
「何処の温泉がオススメですか?」ってことをよく聞かれます。

数多ある温泉の中で、ひとつだけ挙げろっていうのも大変なんですが、
そんな中でも確実に指針となることがあって。

それはやはり、「自然湧出」か否か、ということなんです。

わたくしサワサキは、温泉好きという趣味が高じて、今では温泉音楽の制作や温泉原稿の執筆、温泉ナビゲートなどの仕事もするようになりました。そうしていわゆる「温泉道」に足を踏み入れ始めたわけですが、ここでもう一度、「温泉は地球の動脈、大地のパワー」という視点から、あらためて「温泉と何か」ということを考え直してみたいと思うのです。
サワサキヨシヒロ!
DJ&ミュージシャン&文筆業&温泉マニアなどなどで活動。
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2007年:
5月(4)