11月末、裁判員制度の施行を前に、裁判員候補者に、候補者となった旨を知らせる通知書が届けられ、全国各地で様々な波紋をよんでおります。
そんな中、12月1日に、長野県の善光寺・玄証院、福島貴和住職は、長野県庁で記者会見され、「裁判員には人を裁くつらさがふりかかる」、「人の心を乱す悪い制度を国民に押しつけるべきではない」と裁判員制度の問題を指摘され、「宗教者は人を裁かないで済む世の中にするのが役目。人を裁くことなどできない」と廃止を訴えられました(産経新聞より)。
法の専門家ではない人が、重大な犯罪を犯した人を裁き、罰を与えるということは、実に恐ろしいことのように思います。私たちはつい、自分は常に正しいと思い、誰しもが罪を犯しかねない恐ろしい心を持つということを忘れがちです。そういう私でありますから、人を裁く前に、自分の心をまず見つめなければならないよ、と示してくれるのが仏法でありましょう。そういう意味でも、僧侶として、仏教徒として、この制度をもう少し考えていかねばならないのではないかと思います。