2008年3月10日、チベットの都ラサでチベット人僧侶により自由を求めるデモが行われました。中国当局がデモを暴力的に鎮圧したことから、多くの死傷者や逮捕者がでる事態に発展。外国人の立ち入りが禁止され正確な状況が伝えられず、各国で行われた聖火リレーに抗議が殺到したことはまだ記憶に新しいことではないでしょうか。
チベットが独立国としての地位を失った1959年のダライラマ法王のインド亡命から、もうすぐ50年が経とうとしています。仏教がすべての基礎にあったチベットとは、いったいどんな国だったのでしょうか? 今から遡ること60年。まだ幼かったダライラマの、唯一の西洋人家庭教師を勤めた登山家を描いた映画『セブン・イヤーズ・イン・チベット』を通して、チベットの仏教と文化をみてみることにしましょう。
ダライラマの西洋人家庭教師
『セブン・イヤーズ・イン・チベット』は、まだ独立国だったチベットで7年間を過ごしその最後を目撃した、オーストリア人の登山家ハインリヒ・ハラーの同名の旅行記をもとにした映画です。監督の『愛人/ラマン』のジャン・ジャック・アノーは、若く傲岸なハラーに『セブン』『12モンキーズ』に出演しアイドル視されるのを避け演技派俳優に脱皮しようとしていたブラッド・ピットを起用、中国当局に撮影を禁じられながらも極秘裏に撮影を行いチベットの美しい自然とその独特の文化を描いています。
ハラーが訪れた頃のチベットは、鎖国のまっただ中。外国人に堅く門戸を閉ざした神秘の国として、登山家や探検家の憧れの地でした。46年にラサにたどり着いたハラーは、人々の助けを得て西洋人としてはじめて政府のために働くこととなり、チベットの近代化に従事しました。のちには14歳のダライラマ法王に英語や世界情勢の教師を務めると、中国軍がラサにまで侵攻した51年まで滞在し、彼自身もチベットの文化に深い影響を受けたのでした。
観音菩薩の国チベット
さて、チベットで仏教が栄えるようになったのは、ダライラマ5世によって国内の統一がされた17世紀頃以降のこと。ダライラマ5世が自らを観音菩薩の化身としてチベット統べて以来、10人のダライラマが3世紀半にわたり政治と宗教の両面の統治を行ってきました。国教として保護を得た仏教は、チベットの文化、文明のすべてを育んでいきました。
ハラーがダライラマと出会うきっかけとなった映画館建築のエピソードに、仏教を大切にするチベット人の心を知ることができます。溝を掘るために土を掘り返していると、突然チベット人たちが騒ぎだし作業を止めてしまいます。ハラーが様子を伺うと、そこには土のなかから掘り出されたミミズが一匹。このままでは殺生をしてしまうと、訴えるのです。
はじめはバカげた話と考えたハラーも、ダライラマにチベット人のすべての「前世で母親だったかもしれない」生き物を殺すことはできないという考えを教えられ、ミミズを1匹ずつ別の場所に埋め直してやることにします。若く傲岸で自己中心的だった彼は、仏教の教えを大切に守るチベットの人々の謙虚な姿を目の当たりにし人間として成長してゆくのでした。
チベットはいま
何世紀にもわたり、チベット人を支えてきたチベット仏教はいまチベット亡命政府のある北インドの街ダラムサラに息づいています。チベットではダライラマの亡命から半世紀のあいだに120万人以上の命が失われ、6000あった寺院や聖地のほとんどが略奪され破壊されてしまいました。いまでは毎年数千人の人々が何週間もかけて徒歩でヒマラヤ山脈を越えダラムサラへと亡命しています。
チベットの地を遠く離れた今も、世界各国で世代を超え人種を越え伝えられ守られるチベットの文化と教えは、きっといつの日かチベットへと戻ることができるのではないでしょうか。
さらに学ぶために
はじめの1冊には、歴史・宗教・西洋が見たチベットなどついて多角的に紹介した『チベットを知るための50章』(石濱裕美子編著、明石書房、2004)がオススメ。チベットに行った最初の日本人河口慧海の『チベット旅行記(上下)』(白水社、2004)はページをめくる手が止まらない優れた旅行記でもある。『改稿 虹の階梯―チベット密教の瞑想修行』(ラマ・ケツン・サンポ、中沢新一著、中央公論社、1993)は、チベット密教の独特の雰囲気が匂い立つ名著です。
『セブン・イヤーズ・イン・チベット』(1996年、アメリカ、136分)
監督:ジャン・ジャック・アノー
出演:ブラッド・ピット、デイヴィッド・シューリス、B・D・ウォン、ジェツン・ペマ
あらすじ:1939年、世界的な登山家ハインリヒ・ハラー(ブラッド・ピット)は前人未踏の高峰を目指しヒマラヤ登山隊に参加するが、第二次世界大戦の勃発によりインドの捕虜収容所に捕らわれてしまう。度重なる挑戦の末ついに脱走したハラーは、登山仲間のペーター・アウフシュタイナー(デイヴィッド・シューリス)とともにヒマラヤ山脈を越えチベットを目指す。零下30度を下回る過酷な環境のなか高度4000メートルの山々を超えた2人は、ついに禁断の都・ラサにたどり着く。暖かい人々に受け入れられたハラーは、中国の軍靴が響き強めるなか少年ダライ・ラマと出会い交流を深めてゆく。
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