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青江覚峰 アーカイブ

2008年11月27日

 今週の土曜日に「仏になるための仏教講座特別編 チベット・ニューヨーク・ヒロシマ 平和を紡ぐキャンドルナイト@光明寺」が光明寺で行われます。
 暗闇ごはんや誰そ彼など今まで様々な企画を行ってきましたが、世界中で活躍している仏教者にスポットを当てるという意味でも今後こういった企画には力を入れていこうと考えています。

 キャンドルナイトの後半はゲストも交えて座談会を企画しております。普段なかなか話すことのできない方とも話すことができる機会でもありますので、ふるってご参加ください。(青江覚峰)

2008年11月25日

 今年になって浅草でお店を始めた人と話していたら「浅草で商売するのは難しいですよ」と言っていた。何でもほかの街と人の流れが全然違うそうだ。

 サラリーマンの多く集う街ではアフター5という名称のとおり、午後5時以降飲食店に人がどっと流れる。お店も午後5時を目安にオープンの準備を進めればいい。けれども浅草は観光地、昼こそ観光客でごった返すが、夜は早い時間からひっそりとしてしまう。

 「肝心の観光客もガイドブックを片手に浅草を歩くものだからガイドブックに載っていない新しい店に入ってくれない。とほほですよ。」

 「地元の人もよくわからないんですよ。うちは5時からオープンなんですけれども4時頃に会社の部署ごと喜多と思わしき人がどっと来て『もう空いてる?まだ?じゃぁ、また来るよ。』なんてこともしばしば。そこの会社、こんな時間に仕事終わってるんでしょうか?」

 なんて話しながら、浅草生まれの僕は、そりゃぁ、会社も暇だったら早くおしまいにすることもあるんじゃない?なんて考えておりました。そのことを妻に話すと、「会社でそんなことはあり得ない!」の一言。就業時間中はきっかりにスタートして定刻で終わる。だから会社として信用がもらえるとのこと。

 それはそれで現代社会に生きる僕たちには当たり前のように受け入れられるけれども、浅草など下町といわれるところでは、そういった社会のルールに先んじて個々の組織のルールが大事にされている気がします。(青江覚峰)

2008年11月 9日

 「江戸のお寺浮世草子」にてイラストを担当している加藤円正さんが11日から東京都文京区で銀細工の田中屋さんとの妖怪合同展『今昔抄 朧』を開催いたします。

 前回の『今昔抄 暁』にお邪魔しましたが、ギャラリーの雰囲気の良さが素晴らしかったことを覚えています。洗練された和の雰囲気の中にマッチする妖怪たち。加藤さんの醸し出す独特の世界のなかに浸れます。

 しょっちゅう上京するわけでもない加藤さんに会う貴重な機会でもあります。お近くにお住まいの方はちょっと足を延ばしてはいかがでしょうか。(青江覚峰)

2008年11月 8日

 ずっと連載を停止していた「お寺に嫁ぐということ」の連載が再開されました。実は2ヶ月間入院をしており、その間一切更新ができない状態にありました。

 思い返せば結婚をしてからこんなにも長い期間離れたことはありませんでした。常々、自分の家は「妻が(夫が)、そして子供がいる場所」と言い合っていた自分たち夫婦だったので、妻の入院生活が長引くにつれて、夜寝る場所がどんどん「家」でなくなるのを感じました。

 だから半ば意地のようにほぼ毎日病院に子供と一緒に行き、病院の一室に家を感じておりました。やっと家族が一つ屋根にそろった今、この時間を何よりも大事にしていきたいと思っています。(青江覚峰)

2008年11月 8日

 今回のお寺デートは深大寺の第三回目でした。こんな緑の多いところだと森林浴もできそうですね。昨今お寺でも落ち葉の問題などから植木を処分せざるを得ないという話をよく聞きますが、これだけの緑が大事に守られていることは本当にうれしいことで、

 深大寺は縁結びでもあるようなので、お寺デートにはうってつけですね。(青江覚峰)

2008年11月 6日

 「暗闇ごはん」と極めて近いコンセプトで行っている「クラヤミ食堂」を運営する「こどもごころ製作所」の方とお話をしてきました。

 日々効率を求められ、さまざまなルールに縛られているオトナの社会に「こどもごころ」を広げることで、社会がもっと楽しく豊かになるようにしようというこの活動に大きな感銘を受けると共に、彼岸寺のコンセプトと同じ匂いを感じました。

 どちらも「社会に対して価値観を広げる」ことに主題を置いており、その価値観とは人間がだれしも持っている純真さなのだと思います。純真で単純なものはわかりやすく、誰もが共感できるものですが、普段社会の様々なしがらみなどの靄(もや)によって物事が見えにくくなってしまっています。

 こどもごころとはまさに靄を吹き飛ばすものとなるのではないでしょうか。

 何よりもこういった活動が「社会の遊びの部分*」である私たち宗教者・僧侶以外の場所から湧き出てくることに本当の心強さを感じます。(青江覚峰)

*車のブレーキでも、昨日上あそびは必要ではないが、あそびがあることで安全性が向上する、僧侶も社会の中ではあそびの部分として社会を潤滑にする役割を果たしているのではないかという発想。

2008年11月 5日

 禅僧の台所では今回コラム「地産地消」がアップされています。
地産地消のメリットはいくつか挙げられていますが、現代においてもっとも大きなメリットは「顔の見えるコミュニケーション」だと感じます。

 私が築地で買い物をする理由の一つに顔の見えるコミュニケーションがあります。いつも同じ店で買い物をするのですが、その八百屋さんでは
「いつも1000円のマイタケが今日は500円、お買い得だよ!」などと声をかけております。
時には
「この三つ葉、今日あたりでダメになっちゃうから安くしておくよ。うんと安くするからお浸しかなんかに使ってちょうだい」
なんて言われることもあります。

 顔が見え、商品も見ながら商売をする以上、そこは正直な商売が行われます。
難有りな商品は難有りな商品としてちゃんと売ることでこちらもそれに見合った料理をすることができます。

 その商品が本当に安全なのかどうかは実際のところわかりません。でも、自分が選んだお店でしっかりとしたコミュニケーションをした上で買った品物ならば、商品の品質を信じることに疑いは持ちません。もし問題が出た場合には自分が選んだものということで、自分が責任を負うことに戸惑うことはないでしょう。

 彼岸寺もウェブ上のお寺ということで顔の見えるコミュニケーションを容易にとることはできません。だからこそせめて自分たちの写真や本名を公開し、少しでも顔の見えるコミュニケーションに近づけたいと思います。(青江覚峰)

2008年11月 4日

 先日アップされたお寺の未来の記事は久しぶりの「まつけい節」だと思いました。
 中国の少林寺と大悲寺という両極端なお寺を題材にしていますが、日本のお寺はどちらの立場にも足を入れていて、とても読み応えがあります。

 また、特集コーナーにも「彼岸寺が注目するヒト」ということで、『「自分」から自由になる沈黙入門』(幻冬舎)の著者である小池龍之介さんにもお話を伺ってきました。

 日本を代表する若手の僧侶として注目される二人の記事を通して現在の仏教や社会を読み解くとまた違うものが見えてきます。(青江覚峰)

2008年11月 3日

 先日松本の記事にもあった通り、この時期浄土真宗のお寺では報恩講という年中行事が行われます。私の所属するお寺では毎年文化の日、つまり今日報恩講を行うのですが、ここ数年報恩講も大きく様変わりをしました。

 大きく、と言ってもそれはお寺のこと、目に見えるような変化はないのですが、まずお寺に子供がいる。私の娘ですが、2歳になる子供がお京中はさすがに本堂に近づけないものの、それ以外はご門徒さん(お檀家さん)がお食事をされていてもちょろちょろと出ていってしまい、「こんちわぁ!」なんて声をかけております。

 もう一つはお手伝いに来てくれる方。ここ数年で始めた「暗闇ごはん」にいつも手伝っていただいている方が報恩講にも駆け付けてくださり、三面六臂の大活躍をしてくれたおかげで無事に報恩講を終えることができました。

 数年前までは報恩講に見える方も、お寺側もほとんど顔ぶれが変わりませんでしたが、ここ数年はお寺側だけでなく、ご門徒さんの方も若い方が見えるようになり、雰囲気もぐっと変わってきました。

 年に一回の行事ですが、そこを見るとゆっくりとですが確実に時代が流れていることを感じさせられます。(青江覚峰)

2008年10月19日

 今週の25日(土曜日)に恒例となった神谷町・光明寺での音楽+法話の会「誰そ彼」が開催されます。
 今回僕も料理で参加することとなり、何を作ろうかと悩んだのですが、男性・女性問わず安心して食べられるものとして「秋の彩(いろどり)丼」を作ることにしました。

 秋の味覚が盛りだくさんの子のどんぶりを味わってみたい方、お気に入りのバンドが出演する方、お寺でゆったりとした時間を音楽と共に過ごしてみたい方、どんな方でも楽しめる夜になると思います。ぜひふるってご参加ください。(青江覚峰)

2008年10月18日

 小さい時、お寺の庭に栗の木があり、毎年秋のお彼岸のあたりからわんあかと落ちる栗を拾うのが日課でした。栗のとれる量といったら尋常ではなく、お参りにこられた方におわけしても追いつかず、我が家では秋口にとれた栗を冷凍して春先までしょっちゅう栗ごはんが続く食卓でした。そんなわけで子供のことは栗ごはんに飽き、敬遠していたのですが、大人になってもう一度食べてみたところ、このおいしさの虜になりました。

 今回、禅僧の台所で紹介された栗ごはんは、渋皮を残し、一度炒めた栗を使うということ。これは香ばしさも味わいも加わってとてもおいしいと思います。ぜひお試しください。(青江覚峰)

2008年10月17日

 来年3月・東京と九州の国立博物館で「国宝 阿修羅展」が開催されます。
 興福寺の創建1300年を記念して行われる阿修羅展では、阿修羅像を含む八部衆と、釈迦の十大弟子のうち現存する6体が出陳されます。興福寺境内を離れて14体がそろって展示されるのは1300年の歴史の中でも初めてのことで、この機会を逃す手はないと僕もすでに予定を立てております。

 今回の阿修羅展の成功を祈るため、阿修羅ファンクラブ(会長:みうらじゅんさん)が発足されたり、ジュノン・スーパーボーイ・コンテストでは特別賞として「阿修羅賞」が設立されるなど、仏教界を超えて大注目の阿修羅展。

 皆様も来春の予定を早めに立ててはいかがでしょうか。(青江覚峰)

2008年10月16日

 すごろくには実に様々なマスが用意されていますが、その中でも最も止まってほしくないのが「ふりだしにもどる」ではないでしょうか。今まで何度もさいころを振ってきた苦労が一瞬で水の泡になってしまう。そんな印象を受けてしまいます。
 自分の人生の中で文字通り「振り出しにもどる」ということは実際にはないのですが、似たようなもので基本に立ち返るというものがあります。たとえば一度合格した試験勉強をもう一度したり、すでに仕事に活用しているスキルをもう一度見直したりすることは、同じ道をもう一度通るという意味では無駄かもしれませんが、同じ道だからこそ以前よりも上手に歩くことができたり、前は気がつかなった脇道を見つけたりすることができるかもしれません。
 僕は僧侶としてお経をあげますが、そのお経は音楽のように節が付き、声明と呼ばれています。毎日のことで、もう体が覚えていることですが、だからこそ変な癖がついていることも多々あるため、今年の9月から声明をもう一度勉強しなおしています。僕なりに振り出しに戻って、新しい道を探しています。(青江覚峰)

2008年10月15日

 10月17日に発売された週刊朝日の中で、以前彼岸寺の特集でも取り上げた自殺対策に取り組む僧侶の会(代表:藤澤克己さん)が取り上げられました。

 この活動は多くの自死(自殺)を考える人、自死遺族だけにとどまらずわれわれ僧侶にも大きな励みとなっております。僕たちが彼岸寺として何をしていかなければならないのかを考えるときに、彼岸寺が主催し、企画するイベントを表に出すだけでなく、仏教系のインターネットメディアとして、この会のようにしっかりとした社会的信念を持ち、実直に活動している方のことをもっと広く知っていただき、活動の輪が広がることを願ってやみません。(青江覚峰)

2008年10月13日

 週末になると混雑をする浅草ですが、この週末は連休ということもあり、本当に人が出ておりました。この週末はかっぱ橋まつりが開催されていて、浅草寺周辺だけでなく広い範囲で人出があったのが印象的でした。

 この秋浅草は浅草寺の本堂落慶50周年記念大開帳も控え、いろいろとイベントが目白押しです。ぜひいらしてはいかがでしょうか。(青江覚峰)

2008年9月27日

 お坊さんをしていると特に思うことは、たくさんに人に支えられているということです。
 今年のお彼岸はいろいろとごたつきがあって人手が足りずに困っておりましたが、いざ始まってみると困っている僕を見かねたのか本当にたくさんの人が手を差し伸べてくれました。おかげさまで無事にお彼岸をあけることができ、一安心です。
 一人だったら投げ出したくなるような逆境でも、そばに人がいてくれれば最後までやりとおせる。大変な時にこそそばにいてくれる人がいることが本当にありがたく思います。(青江覚峰)

2008年9月24日

 先週の土曜日より秋のお彼岸が始まりました。毎年お彼岸の楽しみの一つに彼岸花があります。お彼岸のはじめの日のことを「彼岸の入り」と呼びますが、今年も彼岸の入りにはぽつぽつと彼岸花が咲き、お中日の昨日(23日)には満開の彼岸花が咲き乱れておりました。
 それにしても彼岸花ってどうしてこんなに律義にお彼岸にに咲くのでしょうか?今年の夏は前半はとても暑く、後半は冷え込みが続き、僕も体調を崩してしまいました。カレンダーを見ているわけではないお花だと数日くらい咲くのが前後しても不思議ではないと思うのですが、毎年きっちりとお彼岸の入りから終わりまで律義に紅白の花を咲かせています。
 気がつくともうすぐ衣替え、彼岸花に負けないようにきっちりと衣替えもしなくてはと思います。(青江覚峰)

2008年9月23日

 世間では今日は秋分の日ですが、お寺の中ではお彼岸のお中日(おちゅうにち)と呼び、お寺に、お墓にお参りに多くの方が集まる一年で最も忙しい日の中の一つです。
今年はいろいろと用件が重なり普段よりも急がしく、肉体的にもきついのですが、こんな時こそ余裕を作ろうと、ふと見上げた空にきれいな鰯雲が浮かんでいました。
 鰯雲は秋の季語。今日から本当に秋なんですね。(青江覚峰)

2008年9月 6日

 本堂の大掃除をしました。
 普段は本堂の床は雑巾がけをしているのですが、連日子供と遊んでいるせいもあって腰が痛く、今回の大掃除はフローリング用のワイパーを使用しました。部屋で掃除をする時には重宝しているのですが、さすがに本堂の大掃除をする時には何となく使わないでいました。

 実際に使ってみると部屋の何倍、十倍近くも広い本堂の隅から隅まで掃除をするのにかかる時間も短く、腰も痛くならずに済みました。本当に便利です。

 でもなんとなく楽をしてしまった後ろめたさというか、ずるをしてしまったような気分が付きまといます。作務(さむ・掃除のこと)も修行の一環として大事にしているお寺も多いことですし、僕自身も多かれ少なかれ相違いう気持ちがあります。そんなことを考えながら悶々と今日の午後を過ごしてしまいました。

 きっと掃除機が出始めたころのお寺のお坊さんもこんなことを考えたんだろうなぁ。と自分の中で着陸地点を探しております。

2008年9月 4日

 9月27日、神谷町・光明寺で誰そ彼が行われます。

 "「本堂で音楽を聴いてみよう」という軽い気持ちから始まった、言わば"お坊さんのホームパーティー"です。どうぞお気軽にお参り頂ければと思います。"というスタンスのこの誰そ彼も、今回で12回を数えることになり、この彼岸寺のサイトよりも長く続いております。

 こういった活動が細くても長く続くことが何よりも大事なんだとつくづく思います。

 *誰そ彼vol.12の予約は9月7日の17:00時から行われます。参加されたい方はお早目のご予約を。

2008年9月 3日

 今日から始まった高野山カフェKNOMのサイトナビゲータ・星覚君と行ってまいりました。その時の体験レポートを明日あたりにアップいたしますので、よろしければご覧ください。

 去年は大人気のため精進ランチにありつくことができませんでしたが、今年は限定100食と限られた中でも幸いいただくことができました。ゆっくりと食事を終えてカフェを出ると、外まで続く行列がずらり。初日の早い時間でも大盛況の高野山カフェ。
期間限定ですので少々待ってでも体験をしたいところですね。

2008年9月 2日

 禅僧の台所が更新されました。

 今回は梅冷やしうどんです。今日の東京は久々に暑くなっているのでこういう日にぴったりですね。暑気払いにも最適ではないでしょうか。

 さて、うちのお寺ではよくお昼に麺類をいただきます。うどんだったりそばだったりすることが多いですが、時には焼きそばや焼うどんを食べることもあります。なんとなく昼時は忙しく、ゆっくりと料理をする時間がないので手早く人品だけ作ればいい麺類を多用するのですが、知り合いのお坊さん何人かに聞いてみたら、結構お昼は麺類というお寺が多いようですね。特に土日で法事が多く入っているときはゆっくりと料理をする暇もないので店や物を食べる。すると自然にそば、うどんが多くなる。という話も出たりしました。

2008年9月 1日

 今年は何かとスリランカ仏教に関する催し物が多く行われます。そこで、彼岸寺では9月に入り、スリランカの仏教を特集することに決定いたしました。

 今回アップされた特集・第1回目ではこの17日から上野の国立博物館で行われる「特別展 スリランカ 輝く島の美に出会う」をフィーチャーいたしました。アジアにおける仏教国として地位を得ているスリランカの仏教がどのように伝わり、また、どのような仏像を有しているのかを知るいい機会ではないでしょうか?

 僕も早速行ってみるつもりでおりますが、皆さんもぜひ足をお運びください。

2008年8月17日

 平成・お寺デートのススメが更新されました。今回は、鎌倉五山第四位の浄智寺ですが、いかがでしょうか?

 携帯をけたたましく鳴らしたおじさんに思わず笑ってしまいましたが、最近は携帯のマナーも浸透してきたのか、変な場所で音が鳴ってしまって気まずい雰囲気を醸し出してしまうことも少なくなりましたね。ちょっと前は電車やバスの中でもよく音が鳴っていましたが、最近はそれも少なくなってきたような気がします。だからこそ静かなところでなる携帯は余計にびっくりするようになったのかもしれませんね。