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2010年6月 アーカイブ

2010年6月29日

世間はサッカーで盛り上がっている中、あいも変わらず料理と暗闇のことを考えております。早いもので暗闇ごはんを初めてから、気がつくと5年が経ってしまいました。これまでに本当に多くのご縁をいただき、感謝しております。
さて、食のイベントとして企画を練り上げった暗闇ごはんですが、実際に暗闇でのお食事を通してみると、それは単に食の企画ではなく、コミュニケーションの企画だと気付かされました。暗闇の中、目の前に座る見ず知らずの方と先入観を抜きにしてお話をすることで普段と全く違うコミュニケーションが生まれ、自分の意外な一面を発見することも少なく有りません。
5年目に入ったこともあり、そろそろ私自身暗闇の原点に戻り自分を見つめ直してみました。ダイアログ・イン・ザ・ダーククラヤミ食堂への参加を通し、自分が暗闇のなかで自身と向き合うことを通して、暗闇の可能性を追求していこうと考えるようになりました。暗闇の可能性とは、普段向きあっていない自分と向き合うことによって感じる自分の可能性でもあります。そこで、出張の暗闇ごはんなどに積極的に取り組むことを今年の目標にあげております。
その一環として寺社コンとの共同企画として暗闇寺社コンwith婚活様も企画しております。本気でご縁を結ぶ企画にするべく知恵を絞っております。もしご興味のある方はご参加下さい。
また、暗闇での様々な企画も今年はどんどん取り入れる予定です。何かアイデアをおもちの方はお気軽にご連絡下さい。(青江)

2010年6月29日

彼岸寺の人気コンテンツ「ニューヨーク坊主、中垣顕實の 作務衣で歩くマンハッタン」が、『マンハッタン坊主つれづれ日記』として現代書館より出版されました。出版を記念して神谷町、光明寺で中垣顕實さんの出版記念講演会が行われます。
普段ニューヨークで活躍していらっしゃる中垣さんのお話を東京で聞ける貴重な機会です。皆様、ぜひご参加下さい。
参加には事前登録は必要ございません。お時間までに光明寺までお越し下さい。(青江)

中垣顕實さん出版記念講演会

2010年6月19日

MBA西遊記が更新されております。
インドの公務員事情、改めて知り合いの口から聞くとものすごいことだなと感じます。税関でお菓子を食べられてしまうなんてありえない!とも思いますが、以前僕がまだお坊さんになる前に研修で行ったフィジーもそういったところだったことを思いまだします。

フィジーではコレは誰のもの、それは僕のもの。という感覚があまりないように思え、たとえホテルの自分の部屋にボールペンをおいておいても持っていかれることもありました。
僕は短期間の滞在なので、「そんなものかな?」と思っていたくらいでしたが、フィジーに長くいる日本人に聞くと「ケレケレ文化」だといいます。
「ケレケレ」とは翻訳すれば「お願い」という意味になりますが、自分の持ち物でなくても、隣の人に何か借りたいとき、車でどこかに連れていって欲しいとき、おなかがすいたときなどすぐに「ケレケレ」と言えば周りの人もすぐに貸してくれる。
「だからフィジーには郡を抜いたお金も違いないんだよ」と現地の人々は笑って話してくれました。どこまで本当かわからないけれど、感覚的な異文化を体験した貴重な機会だったことを覚えています。

異文化コミュニケーションや多文化共生という言葉がもてはやされていますが、まずは松本のように自分の常識から考えると信じられないことが起こっても、怒りを通り越して笑ってしまうという感覚から始まるのではないかと感じます。(青江)

2010年6月17日

昨晩、「和綴じで綴じる 写経入門」の発売記念ワークショップが行われました。
多くの方が参加し、「楽しかった」「マイ教本ができた」とにこやかにお話いただいたのが本当に印象的でした。

今回ご好評によりすぐに予約が埋まってしまいましたので、近いうちに次回の予定を決定の上お知らせいたします。
また、暗闇ごはんも私の体調が戻ってきましたので7月の下旬を目処に再開いたしますので、こちらもあわせてよろしくお願いいたします。(青江覚峰)

2010年6月15日

前回の記事で復帰宣言をしながらまたぶり返してしまいました。
東京も梅雨入りになったようですが、それを嘲笑うかのように綺麗に晴れた空のおかげか、体調もすっきりと良くなり、今週一杯輪番を努めさせていただきます。

さて、本日大阪の應典院で「お寺MEETING:開放系Vol.1  ネット世代は、寺院を変えるか。」が開催され、彼岸寺からは松下がゲストとして参加いたします。

コンピュータの進化とともに変化してゆく社会の中で、仏教界もまた変化していきます。そんな転換を伴なう時代に、ネットによって寺院という場や、僧侶たちと社会の関係はどのように変化するか、2人の若き活動者とともに語り合う企画とのことです。

今回もUstreamも行いますので、遠方の方はウェブ上で御覧下さい。(青江覚峰)

2010年6月 9日

ご無沙汰しております。青江です。
この数週間、非常に質の悪い病に犯され、寝込んでは無理矢理起き、寝込んでは無理矢理身体を起こしの繰り返しで酷使した結果、40度近くの高熱で倒れてしまうというところまで行ってしまいました。身体は資本とは言うけれど、当に資本を蔑ろにすると何も生み出すことができないことを身につまされました。

今日からは復帰し、諸々動き出します。まずはご挨拶まで。(青江覚峰)

2010年6月 6日

今日は横浜で福井県天竜寺住職の笹川老師の坐禅会に参禅してきました。

永平寺の大先輩の笹川老師はいつも元気いっぱいです。
都会で忙しく働いている人達に少しでも坐禅が広まって欲しいと思って下さっているようです。東京にもよくいらして頂いています。

ビルの上で静かに一炷(坐禅の時間の単位、線香が燃え尽きる約40分をさす)。
その後お茶を一杯。
そして正法眼蔵随聞記という本を一節。

シンプルだけれどもなにか記憶の向こうの遠い昔に還ったような3時間。

仏教が伝えたいことって実はとても「単純なこと」なのかもしれません。
3歳の子供でもわかるけれども80歳の老人でも実践するのは難しい。

帰り道、アイスクリームを買って食べようとしたけれどもぐっと我慢ができた日曜日のできごと。

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2010年6月 5日

3年前に永平寺を降りて娑婆で生活を始めてから慎重になっていることがあります。

それは、先端技術を生活にとりいれる、ということに関してです。

テレビもオーディオもパソコンも携帯もないけれども文字通り「日々是好日」な暮らしをしていた永平寺での生活。それを原点に自分にとって本当に必要なものはなにかというのをよくよく吟味してから身の回りの所持物をそろえていこうと思っていました。

が、しかし。

下山して5ヶ月後には携帯電話、引き続きパソコンを導入し、iPodを購入し、昨年iPhoneを使い始めてこの「慎重に先端技術をとりいれる」生活は頓挫したといえるでしょう。
一度便利になれてしまうと底から離れるにはそれこそ永平寺に上山するくらいの覚悟が必要です。実は情報技術というのは非常に危険な側面を持ち合わせているのです。

例えば今、深夜にこれを書いているけれども、部屋の電気はどこから来ているのか。
その電気は誰がどのようにしてつくったものなのか。その電気の為に犠牲になっているものはないのか。

私は和尚として、そこまできちんと考える必要があると思うのです。

iPhoneを使っています。でも、モデルチェンジして今のが使えなくなりました。
じゃあこのスベスベのマンジュウみたいなカタマリはどのように処分するんでしょう。
ゴミ箱に捨てたらそれはどうなるんでしょう。どこへいくのでしょう。

あれが悪い、これが悪い、と否定しているわけではありません。
ただ新しいこと、わくわくすることをするときには常に一方で広い視野を保って取り組む必要があると思うのです。

道元禅師は国宝となっている普勧坐禅儀で
「須らく回光返照(えこうへんしょう)の退歩(たいほ)を学すべし」
と書いています。

そもそも「生きる」ってなんだろう。
こんなクサい問いかけも、新しい取り組みの中でなかなか意味を持ってくる。

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彼岸寺ではiPhoneのアプリをウェブインパクトさんらと共同開発しています。世界中の仏教に触れる機会のなかったiPhoneユーザがこれをきっかけに仏教に興味をもってもらえることを願っています。

このサイトを読んで頂いているみなさんのお智慧も是非おかりしたい。

詳細とアンケートがこちらの特集記事にあります。是非とも記入して送って下さい!


どうぞよろしゅう

2010年6月 4日

星覚です。

日々是好日というけれども、どういった一日がそう言うに値する一日なのだろう。

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昨日夜道を散歩していて出会った風景。理由はわからないけれども心を揺さぶられる景色。自分がとった行動がまわりにどういう影響をあたえるか、そこまで想いを馳せながら、慎重、かつ大胆に道を歩んでいきたい。
自分が想ったことをただ綴るのではなく、読んで下さっている皆さんにどう伝わるかも考えたい。


MBA西遊記が更新されています。
「これは今まで自分がやってきたことではないか?」
圭介君のこの発見ともいえる問いかけは、娑婆で暮らし、いろいろな問題にぶつかるタビに拙僧も強く思う言葉です。

「ぬきさしならない問題」がまずあって、それに応える為に仏教の教えを紐解きながら先祖代々の和尚さん達は智慧を絞ってきたのではないか。これだから、娑婆の修行は奥が深い。

気持ちを新たにする宵でした。
屋根に響く雨音を心地よく聞きながら徒然と。

どうぞよろしゅう

2010年6月 3日

松本が印度での荒行に励んでいる為、6月から日本語版でも「日々是」を担当させて頂くことになりました、星覚です。普段は英語版を担当していますが、これからは英語版も皆で書いていく予定なので併せてどうか宜しくお願い致します。

先日、永平寺の後輩が東京を訪れ、彼岸寺の活動に興味をもってくれたので弓月と一緒に品川で食事をしてきました。目のギラリとした印度出身であろう店員さんが丁寧に接客してくれました。

昨年の秋まで永平寺で安居していた彼は雲水のオーラが漂っていました。
本人が自覚していたかどうかはわかりませんが、永平寺から降りてきたばかりの自分を見ているようで少し感慨深かったです。その時は一緒に食事をするとあまりに驚かれ、みんなに美しいなんていわれるものだから、緊張を与えてしまってはいけないとわざと姿勢をくずして食べる練習をしたりしてました。そんなことしなきゃよかったのに・・・ちょっと今の自分への反省をこめて・・・。

まず椅子に坐ったときの身体、とくに体幹の重力への抵抗感がまったく違う。
逆らっていない。まっすぐなんです。どこにもよりかからない。常にバランスをとりつづけるということは安住することなく、変化をつづけることで安定を保つ逆説的な安心感があります。それは食べ物を口に運ぶときも同様。

都心で暮らしているとストレスに負けてつい偏り、滞りがちですがこういったところから仏道を歩んでいくのも一つ、面白いと思います。

永平寺では三黙道場というものがあります。最も大切な修行の場である三つの道場では私語は厳禁なのですが、この三つの道場が「食事をするところ」「トイレ」「お風呂」の三つなのです。法堂というお経を読む場所もあるんですが、本能に根ざした行動を人間がとる、この三つが最も大切な修行の場とされていることは大きな意味があると思います。

そしてこの三黙道場は何も永平寺だけでなく娑婆のどこにでもある場所です。

ここでは彼岸寺雲水、星覚のなんでもない日常や、仏教に対する想いを綴っていこうかと想います。稚拙な文章ですが、少しでもみなさんに想いが伝わるよう一生懸命書いていきますので、今後とも宜しくお願い致します。

どうぞよろしゅう

彼岸寺周辺で起こっているさまざまな出来事を、彼岸寺の僧侶たちが輪番としてみなさんにご紹介します。
松本 紹圭(まつもと しょうけい)
神谷町光明寺、衆徒。浄土真宗本願寺派布教使。1979年、北海道生まれ。東京大学文学部哲学科卒業。光明寺仏教青年会代表として、お寺の音楽会「誰そ彼」や、お寺カフェ「神谷町オープンテラス」を企画し、2008年には財団法人全国青少年教化協議会より第32回正力松太郎賞青年奨励賞受賞。 現在、超宗派仏教徒によるインターネット寺院「彼岸寺」の運営に携わる。著書に『おぼうさん、はじめました。』(ダイヤモンド社/2005年12月刊行)。インド留学に付き、お休み中。Twitter
松下弓月(まつした ゆづき)
福生山宝善院 副住職。1980年生まれ。国際基督教大学(ICU)教養学部人文科学科卒業(学士)、青山学院大学大学院英米文学専攻卒業(修士)。東寺伝法学院にて加行・濯頂。TwitterFacebook
青江 覚峰(あおえ かくほう)
浄土真宗東本願寺派緑泉寺 副住職。1977年東京生まれ。カリフォルニア州立大学よりMBA取得。超宗派の僧侶達が集うウェブサイト「彼岸寺」を運営。料理僧として料理、食育に取り組む。お寺発のブラインドレストラン「暗闇ごはん」を主催。Twitter
樋口星覚(ひぐち せいがく)
雲水。1981年生まれ。慶応義塾大学法学部政治学科卒業後、大本山永平寺にて修行を積む。シンガポールに生まれ、イギリス、ポーランド、鳥取県で少年時代を過ごす。ウェブカフェ、雲水喫茶(http://www.unsui.net)のマスター。Twitter