3年前に永平寺を降りて娑婆で生活を始めてから慎重になっていることがあります。
それは、先端技術を生活にとりいれる、ということに関してです。
テレビもオーディオもパソコンも携帯もないけれども文字通り「日々是好日」な暮らしをしていた永平寺での生活。それを原点に自分にとって本当に必要なものはなにかというのをよくよく吟味してから身の回りの所持物をそろえていこうと思っていました。
が、しかし。
下山して5ヶ月後には携帯電話、引き続きパソコンを導入し、iPodを購入し、昨年iPhoneを使い始めてこの「慎重に先端技術をとりいれる」生活は頓挫したといえるでしょう。
一度便利になれてしまうと底から離れるにはそれこそ永平寺に上山するくらいの覚悟が必要です。実は情報技術というのは非常に危険な側面を持ち合わせているのです。
例えば今、深夜にこれを書いているけれども、部屋の電気はどこから来ているのか。
その電気は誰がどのようにしてつくったものなのか。その電気の為に犠牲になっているものはないのか。
私は和尚として、そこまできちんと考える必要があると思うのです。
iPhoneを使っています。でも、モデルチェンジして今のが使えなくなりました。
じゃあこのスベスベのマンジュウみたいなカタマリはどのように処分するんでしょう。
ゴミ箱に捨てたらそれはどうなるんでしょう。どこへいくのでしょう。
あれが悪い、これが悪い、と否定しているわけではありません。
ただ新しいこと、わくわくすることをするときには常に一方で広い視野を保って取り組む必要があると思うのです。
道元禅師は国宝となっている普勧坐禅儀で
「須らく回光返照(えこうへんしょう)の退歩(たいほ)を学すべし」
と書いています。
そもそも「生きる」ってなんだろう。
こんなクサい問いかけも、新しい取り組みの中でなかなか意味を持ってくる。
彼岸寺ではiPhoneのアプリをウェブインパクトさんらと共同開発しています。世界中の仏教に触れる機会のなかったiPhoneユーザがこれをきっかけに仏教に興味をもってもらえることを願っています。
このサイトを読んで頂いているみなさんのお智慧も是非おかりしたい。
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