2008年7月26日

 八王子でも通り魔事件がありました。こういったニュースが流れるたびに胸が痛くなります。 先日秋葉原に出かける用があり、献花台でお経をあげてきました。ふと献花台を見ると、誰が置いたのか中央に小さな般若心経が置いてありました。
 僕が短いお経をあげている数分の間に、道行く人がその小さな般若心経を手に取りお経をあげ出しました。一人がお経をあげ終わり献花台に戻すと、すぐに次の人が手に取ります。結局僕がいる間に、数人の方がその般若心経の経本を手に取り、お経をあげていきました。
 その方々は僕のようにお経をあげる習慣があるわけではないと思うのですが、それでも、事件があったことを知って献花台の前を通るときには手を合せ、同じようにお経の本を手に取り、お経をあげる。おそらくそこにあったのが般若心経でなく他のお経でもやはり手に取ったと思います。そこには、宗派にこだわって自分の宗派以外のお経をあげることを快く思わない仏教界とは違い、純粋に被害者に対する哀悼・追悼の思いを表す方法の一つとしてのお経があるように感じました。
 チベットの時にも同じことを感じたのですが、こういった多くの人がもつ純粋な思いを受け止め、伝えることが宗教者としての務めなのではないかと感じます。

なお、設置予定期間は犠牲者の四十九日にあたる7月27日まで。

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彼岸寺周辺で起こっているさまざまな出来事を、彼岸寺の僧侶たちがみなさんにご紹介します。