2008年5月26日

ここ数年ご無沙汰していた友人と、久しぶりに再開することができました。ここ最近、なぜだかその友だちのことが頭に浮かび、久しぶりにゆっくり話をしてみたいと思ってこちらから連絡しようとしていた矢先に、友だちのほうから連絡が来たので驚きました。そういうことってあるんですね。大きな流れの中で機が熟したような感じがして、嬉しい体験でした。

仏教における日本という国の可能性について、日本仏教は閉塞的な状況にあるけれども、そういう今だからこそ、世界の中での日本の位置、日本における仏教の状況などを鑑みるに、次の新しい仏教のかたちが生まれてくる素地があるのではないか。そんな話をしました。

よい僧からよい空気をいただくと、やる気が出ます。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.higan.net/apps/mt-tb.cgi/2298

コメント (2)

Sole:

御無沙汰いたしております。
私の周りのお寺さんも やはり閉塞的に見えます。

偽造・偽称や暴力・殺人が 悪であると言うこころ、人間のあり方が 本当に求められる世の中だと思います。
仏教の原点ですよね

GDPは 豊かかも知れませんが こころは貧しくなっている事を実感します。
と言う私も反省です。 

 

松本:

>Soleさん
同感です。
経済的な豊かさとこころのゆたかさのどちらをとるか、
というようなものではなく、
こころが貧しくなればすべて貧しいんだ、
と喝破できるような気概を持てるようになりたいですね。

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)


彼岸寺周辺で起こっているさまざまな出来事を、彼岸寺の僧侶たちがみなさんにご紹介します。