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2008年2月 アーカイブ

2008年2月27日

私の所属する光明寺では、もう梅がずいぶん咲いています。先日は春一番も吹いたということで、東京にももう春の足音が聞こえてきていますね。みなさんの地域ではどんな感じでしょうか。何か春を感じさせるものはありますか?
私の故郷の北海道では、この時期はまだまだ寒く、ふつうに雪が降り積もる時期です。そんな北海道でも、真冬にはさらさらだった雪がだんだんみぞれっぽくなってきたりして、少しずつ春めいてくるんですよね。北海道の春の印象といえば、泥だらけの道が思い浮かびます。冬に積もった雪が解けてきて、4月頃は道路がどこも泥だらけ、クルマも泥だらけ、クルマが跳ねた泥で人も泥だらけ、になるんです。
東京に住んでいると雪解けの喜びが感じられないので、ちょっと寂しい気がします。

2008年2月25日

先週末の関東は風が吹き荒れていましたね。私は縁あって千葉のお寺へ法話に行ってきたのですが、話をしている最中にいろいろな音が聞こえてくるのでふと窓の外に目をやると、境内の砂が舞い上がって小さな竜巻のようになっており、自転車が倒れたりガラス戸が震えていたりと大変でした。それでも皆さんが真剣に話を聞いてくださって、とてもありがたかったです。

最近あらためて思うのですが、仏教の経典って読んでみると、いきなり「ありがたい」という気にはならなくても、まず「面白い」んですよね。経典の持つ物語性というのはすごい広がりを持ったものだと感じます。ただしとても昔のものなので何の前提もなく読もうとすると荒唐無稽な物語にしか見えないということもあるかもしれませんが、きっといろんな人の経典の読み方を聞いて行くうちに少しずつ身に付いていくものなのでしょう。

2008年2月22日

銀座4丁目といえば日本でも有数の地価の高い一等地として有名ですが、そこにお地蔵さんが祀られているの、ご存じですか?銀座には私もけっこうよく行くのですが、ライオン以外の像は見たことがなく、そのことをはじめて聞いた時は「お地蔵さんなんて、どこにあったかな?」と不思議に思ったのですが、いやいや確かにいらっしゃいました。なんと、銀座三越の屋上にでっかいお地蔵さんが鎮座しておられるのです。

なぜ知ることになったかと言えば、他でもない、そのお地蔵さんをお守りしている地元の皆さんが長年続けてこられている地蔵法要に法話の講師としてお招きいただいたのがきっかけでした。地元の皆さんと三越の方々がお地蔵さんを大事にしておられ、定期的に本願寺の僧侶が招かれて法要・法話の会を開いているのですね。焼け野原になっても生き残り続けたお地蔵さんが、今では超一等地のビルの屋上へ上り詰めた?ということで、出世地蔵として大事にされているわけです。変化の激しい土地でも昔ながらのものを大切にしている人たちに出会って、なんだか嬉しくなりました。

銀座三越のお地蔵さまについて「江戸のお寺〜」の安藤さんもこちらのブログに書いていらっしゃるので、こちらもお読みください。

2008年2月20日

私はときどき法話や講演の講師として呼ばれて人前で話をする機会をいただくことがあるのですが、そういうときは事前に原稿メモを作成しておき、当日はそれを確認しながらお話をすることにしています。原稿を作るにあたり、何を置いてもまずは「今回は何をお話しようかな〜」と考えるのですが、最近はそのきっかけとしてこの彼岸寺の各種コラムを参考にしています。
特にお気に入りは、「江戸のお寺 浮世草子」の「講」のお話と、「おじいちゃんへの質問」の「救い」のお話です。両方ともまた最近更新されましたので、皆さんもぜひ読んでみてください。(おじいちゃん、のほうははっきり言って今回は特に難しいですが、宗教的にとても深い内容になっています)

2008年2月17日

彼岸寺「仏になるための仏教講座 vol.2」が無事に終了しました。おかげさまで今回も盛況のうちに終了することができ、ご来場の皆様とご協力いただいた皆様、誠にありがとうございました。
元刑事の大島先生はいくつかの部署の中でも捜査一課という凶悪犯罪を扱う現場を長く経験され、その経験の中で被害者、被害者家族、被疑者家族、そして被疑者本人と、犯罪を取り巻くあらゆる人が深く傷ついているということに気がつき、出家につながっていったというお話をされていました。
大島先生と同じように、社会の中でさまざまな経験を経た上で「林住期」を生きるように僧侶となってくださる方がたくさん出て来られたら素晴らしいですね。

2008年2月14日

会議があったので、一日だけ京都に行ってきました。本山で会議があるときには全国からお坊さんがやってくるのですが、お坊さんといってもそれぞれに置かれている環境が違うので、同じテーマで話をしようと思っても前提がぜんぜん違うために話が噛み合なくなったりして、けっこう面白いんです。

たとえば、仏さまにお供えするための「仏花」について話をしようと思っても、ある人は「仏花には日本の花しか使ってはいけない」と言い、ある人は「百合は持ちが悪いから、現実にはうちではカサブランカを使っている」と言い、またある人は「ハワイではハイビスカスを使っていたが、これはいけないのか」とか、そういう感じでいろんな意見が出て、「へぇ〜なるほど、そういう意見もあるのか」と、議論する以前に地域性の多様さに感心してしまうことがよくあります。

それだけ地域によって個性豊かな文化を持っているのですから、せっかく皆があちこちから集まったとき、平均的な意見を集約することにはあまり意味がありませんし、それぞれの文化を「伸ばす」方向でお寺の文化を育んでいきたいものです。

2008年2月12日

昨日更新した「お寺の未来」でも書きましたが、蓮如さん以来、お寺の信者同士のつながりが重要視されるようになり、時代を経るにつれてそれは「講」の仕組みとしてシステム化されていくことになりました。

「講」と聞くとなんだか昔のことのように思えますが、それはお寺によって形が残っています。そのような昔の仕組みが現代に至るまでどのように変化してきたのか、今日更新の「江戸のお寺 浮世草子」を読むとその一端がうかがえますね。鉄道が走る時代になっても、お寺を支えるネットワークは依然として生きていたということが分かります。「篤信」と呼ばれる信者のカテゴリーがあったのも、面白いです。

ところで、今週末には彼岸寺「仏になるための仏教講座 vol.2」が開講です。前回はスマナサーラ長老をご講師にお迎えしましたが、今回は異色の「鬼刑事から僧侶へ」という大島龍穏(日蓮宗僧侶・元神奈川県警横須賀署刑事一課強行班係長)氏がご講師です。どんなお話が聞けるのか、楽しみです!

2008年2月11日

今日は久しぶりに、自分のコラム「お寺の未来」を更新しました。新宗教の教団を見学しに行ったときの体験から書いたものですが、やはりこれからのお寺の未来には人の温かみのようなものが大切になってくるのではないかと、実感しています。

以下、料理僧KAKUさんによる「暗闇ごはん vol.2」の告知を引き続き。前シリーズの「暗やミール」以来、KAKUさんのブラインドレストラン企画にはいつも予約をたくさんいただいてお断りせざるを得ないこともしばしばなのですが、今回は急なキャンセルが出たそうで、まだ何席かは予約が間に合うとのこと。ぜひこの機会に申し込んでみてください。

2008年2月10日

料理僧KAKUさんによる「暗闇ごはん vol.2」の日が近づいてきています。暗闇の中で食事をいただき、自分の五感の働きを再確認する。今度はどんな趣向を凝らした企画となるのでしょうか、参加の皆さんお楽しみに!

なお前シリーズの「暗やミール」以来、KAKUさんのブラインドレストラン企画にはいつも予約をたくさんいただき、お断りせざるを得ないこともしばしば。でも今回は急なキャンセルが出たそうで、まだ何席かは予約が間に合うようです。ぜひこの機会に「お寺×ブラインドレストラン」をお楽しみください。

2008年2月 8日

お釈迦様の人生?仏生?についてよくよく考えてみると、現代の日本に暮らしている私たちの感覚からすれば「どうして?」と理解できないことも結構多いのではないかと思います。
その一つに、「お釈迦様はどうして家族を捨てて出家してしまったのか」ということがあります。今の日本社会で考えたときに、「家族を捨てて放浪に出てしまう男」というのは、まずポジティブに捉えられることはないのではないでしょうか。

でもおそらく、インドあたりの感覚で言えば、現代であってもお釈迦様の行動はそれほど違和感のあるものとして捉えられないような気がします。最近、五木寛之さんの著書で「林住期」というのが出ていますが、インドにはもともと人生のステージとして「家族と離れて旅に出る」というのがあったわけです。その感覚は今のインドにもおそらくある程度生き続けているものと思われます。文化の違いというのは国によってほんとうに大きいですね。

今週の「そもさん、せっぱ」でもお釈迦様の出家について書かれているので、見てみてください。

2008年2月 6日

仏像ア・ラ・モード」更新です。いよいよお待ちかねの、杉本寺十一面観音様とご対面!私はまだこちらの仏様のご尊顔は拝したことがないので、いつか行ってみたいと思います。
十一面観音様といえば、最近私はとある新勢力の仏教教団の本部を見学させていただく機会を得たのですが、そちらでも教主みずからが彫られたという十一面観音像をお祀りされていました。一般に、多くの参拝者を集める仏像というのは文化財的にも評価されるような古くからの歴史性や文化性とともに、過去の大勢の参拝者の込めた思いを背負っているような趣きの感じられることが多いですが、こちらの仏像は像としては古いものでなくとも教団として大勢の参拝者の思いを受けてきたせいか、「歴史性」や「文化性」を抜きにした「宗教」そのものを直接的に感じさせられるものでした。
既成の伝統仏教教団も、いろいろな仏教教団の新しい動きから学ぶべきことはたくさんありそうです。

2008年2月 5日

今日の「江戸のお寺 浮世草子」で鉄道の話が出ていました。川崎大師が長年行ってきた、江戸(東京)への出開帳が、川崎駅までの鉄道開通によって必要性がなくなったというお話でした。
旅といえば徒歩だった江戸時代と比べて、鉄道はもちろん自動車も走り回り飛行機も飛び回る今という時代はほんとうに隔世の感があります。昔は観光地へ行くのも簡単なことではなく、だからこそ念願のお参りが果たせた喜びというのはそれだけ大きかったのだろうと思います。今では国内だったらその日のうちに着けない場所はほとんどないですし、それこそお釈迦様の悟りの地であるインドにだって、飛行機を上手に乗り継げば1〜2日で行けてしまいます。
いまや地上は車社会、徒歩の旅人にはあまり優しくない世の中になってしまいましたが、車なら簡単にいけるようなところでもたまには徒歩や自転車で出かけてみたいと思う今日この頃です。

2008年2月 3日

北海道のあちこちで、もし北海道新幹線が開通したら東京ー札幌間が4時間弱で移動できるという広告が出ています。もともと新千歳空港ー羽田空港のフライト時間は1時間15分くらいですので、空港での待ち時間や乗り継ぎ電車での移動時間なども含めても東京駅付近から札幌駅付近までは4時間程度だから、もしも北海道新幹線ができたところで飛行機で移動するのと時間的には大差ないわけです。
しかし、それでも北海道新幹線を実現する意味は何か。私が思うに、それは「陸続きで4時間」ということではないでしょうか。飛行機で行くなら、それこそ博多からは東京より韓国のほうがよっぽど近いわけですが、それでもやはり博多ー東京の距離の近さを演出しているのは、陸続きで行ける新幹線というのが大きいのではないかと思います。
実際の距離は変わらなくても、心理的距離が変化することで、実社会に影響を及ぼすこともありますよね。

彼岸寺周辺で起こっているさまざまな出来事を、彼岸寺の僧侶たちがみなさんにご紹介します。