2008年1月25日

今日は料理僧KAKUさんの企画「暗闇ごはん」の日。私は煌煌のついた明るい事務所で仕事をしているので暗闇ごはんには参加できないのですが、同じ時間に真っ暗闇の中でごはんを食べている人たちがいると思うと、なんだか面白いですね。

しかし東京に住んでいるとほんとうの暗闇に出会うことがまったくないので、多くの人は急に真っ暗な状態になると恐怖を感じるように身体が変わってしまっているのではないでしょうか。電気があることが当たり前になりすぎていて、もしも大災害が起こったときには対応できないくらいひ弱になっているような気がします。

便利に暮らすために生きているわけじゃないと分かっていても、便利さを手放すことができない。でも、暮らしはより便利にシンプルになっていくのだけど、人生は逆に複雑さを増し重さを増していくばかり、、、人間って難しいものですね。

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コメント (3)

キューピー:

松本様

こんにちわ。
極彩色キラキラの極楽世界を描かいたお経があります。
はるかに暗闇の多かった昔の人のイメージの強さでしょう。
そんな極楽には、間接照明のゆったりすごせる部屋もちゃんとあるのかなぁ。。。
現在日常がこうもギラギラ明るいと。。
谷崎潤一郎さんも昭和の初め「陰影礼讃」で、この国は明るくなり過ぎたと書いていますね。

もど:

以前テレビで見たのですが・・・いきなり、こんばんは
宇宙から地球を見ると 夜でありながら、日本はここよ!って主張してるそうです。

以前住んでいた近江のほんのちょっぴり都会は 20年ほど前は19時になると ノラ猫もおやすみになったほど健全な町でした。通りもむなしく街灯が並んでましたが・・・その通りは今では 23時になっても祭りでもないのにぞろぞろと人が絶えません ええかげん寝たら・・・と思う私もぞろぞろの中のひとりなんですが・・・

確かに明るい国になったと思います。その反面人の心が 暗くなってるのはなぜなんでしょうね。

松本:

>キューピーさん もどさん
昨日、京都へ行ってきましたが、夜の路地裏などにはまだ闇が残っているようでした。街灯と街灯の間にある光の途切れる闇の瞬間は、なんだか神秘的な感じがします。

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