2007年11月 6日

「江戸のお寺 浮世草子」シリーズも新章に入りました。一地方寺院に過ぎなかった成田山がどのようにして今のような地位を確立するに至ったのか、詳しい経緯が分かります。
私は最近、「講」という考え方に大きな可能性を感じています。強制的に必ずどこかのお寺の檀家にならなければいけなかった江戸時代でも、自分の信仰心として好きなお寺の信者になる余地は残されていました。それが、いわばお寺のファン倶楽部、「講」の仕組みです。
どこかのお寺に檀家として所属しながらも、たとえば成田山を信じる人々は「成田講」に入り、成田山のファン倶楽部メンバーとしていろいろな活動に参加したわけです。
今は自分で檀家として所属する寺を選ぶ自由がありますが、そうはいってもお寺にお墓があったりするとなかなか離れるわけにもいきません。そんなとき、「講」が活用できるのではないかと思うのです。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.higan.net/apps/mt-tb.cgi/1998

コメント (2)

もど:

「講」とは ファンクラブの意味だったんですか。
なるほど 熱烈な支持者の情熱は 古今東西不変のものなんですね。
お寺さんに限らず、商売、音楽等の活動他にも 模索が必要だと思いました。 

「成田山」と言えば 交通安全しか出てこないんですが(ごめんなさい・・・) 民衆を惹きつける教えがあるんですよね、きっと・・・って失礼しました。勉強します。

近年「講」と言えば ねづみ?ねずみ?怪しいものとしか出てこないのも 何かお淋しい話しです。

松本:

> もどさん

「講」はイコール、ファン倶楽部というわけではないのでしょうけれど、現代的に言えばそう考えると分かりやすいと思います。
ところで、何も「教え」ということでなくても、
「交通安全」は民衆にとっても大事なものですし、
それだけで十分惹き付けるものなのではないでしょうか。

最近は「講」といえば怪しいものも多いですが、
うちの浄土真宗で最も親しまれているのは
「報恩講」という法要です。今、シーズン真っ最中ですよ。

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)


彼岸寺周辺で起こっているさまざまな出来事を、彼岸寺の僧侶たちがみなさんにご紹介します。