昨日、友人と「お寺って、動かないところがひとつの価値だよね」という話をしました。畑や田んぼなど人々が土地に密接に結びついていた昔と違って、今はどんどん人が移動する人口流動化の時代。道州制とかの議論も出てきて、自治体ですら統廃合でどんどん変化していく時代。そんなときだからこそ、ずっとそこを動かずに土地の歴史を見つづけてきたお寺の存在意義っていうのも際立ってくる、そういう話です。
と、そこに今日のそもさん、せっぱ。「お寺も引っ越すしますよ」という話です。そうなんですよね。著者のケンユウ氏のお寺も昔どこかから引っ越してきたそうですし、今ぼくが所属しているお寺も、ずいぶん昔ですが霞ヶ関から神谷町に引っ越した(命ぜられた)そうです。最近のお寺でも、引っ越すことはあります。
でも、お寺が引っ越したからといってそれまでの歴史を捨ててしまうわけではなくて、資料とかお墓とかすべて背負って引っ越すので、やはりお寺が引っ越したとしても、自治体の統廃合などとは違う、何か動かないものがあるのだと思います。