今日は築地本願寺で節談説教の大会がありました。ものすごい盛況。ちなみに節談説教というのは、「聴衆の感覚に訴える詩的・劇的な情念の説教」ということで、独特な声と節回しとで表現される、伝統的なお説教のスタイルです。
理屈重視の視点からすると、ともすれば芸能的に見られがちな節談説教ですが、そもそも仏法というのが人から人へどのように伝えられてきたのか考えてみれば、人間の情念に訴えることなくして仏法のお取り次ぎはあり得ないでしょう。
「理解はできるが、それ止まり」よりも「よくわからないけど、ここには何か惹かれるものがある」ということのほうが教えが次につながっていくのだというその事実を、伝統仏教は新宗教から学ぶだけでなく、自身の伝統から掘り起こしていくことも必要ですね。


