2009年11月25日

<自己を知り、世界を知り、世界の中で自分がどのように生きるべきかを知ること>

一歳になった息子は何でも私の真似をする。おかしな仕草をするとその通りに真似しているので、ドキッとする。親の背を見て子は育つというくらい、子どもが育つ上で親の影響は大きい。親の生き方が子どもの将来を左右することも大いにあり得る。私は子どもにおかしな仕草ばかりでなく、人として大事なことを伝えたいと思っている。ひとつだけ選ぶなら、私は息子に「何事であれ真剣に全力で一生懸命取り組むこと」を伝えたい。

私の頭が単純なだけかもしれないが、余計なことに惑わされさえしななければ、人生はけっこうシンプルに生きられるのではないかと思う。いつも今やるべきことを一生懸命にやる、簡単なことだ。就職セミナーのキャッチコピーにそそのかされて、「自分のやりたいことを見つけよう」としては失敗する。諸行無常、変化しないものは何もないというのに、ましてや人の心のように移り変わりやすいものを頼りにモノを考えてはうまくいかない。「私はほんとうは何をしたいのか」などといくら考えたところで答えは出ない。今日やりたいと思っていたことが明日にはコロっと変わるのが人間だ。しかし、「自分のやるべきこと」の軸はそうコロコロと変化するものではない。自己の内面と外的世界に対する総合的な理解と大きな流れをふまえて見いだされた「やるべきこと」に従っていれば、大きく道を踏み外すことは少なくなるだろう。

自己を知り、世界を知り、世界の中で自分がどのように生きるべきかを知ること。およそまともな宗教というのは、そのために役立つ要素を必ず持っている。ただ、そうでなければ、自分に合わないメガネや質の悪いメガネではぼやけて何も見えないか見える範囲が限られているように、できることは限られる。その点、数ある宗教の中でも仏教は特に優れていると思うが、他の宗教だって悪くない。とにかくまず、自分を知ることが大切だ。自分など結局のところ何ものでもないという事実を理解することも含めて、自分を知ることが大切だ。私にとって宗教とはそのための方法論である。その目的に資するのであれば、宗教でなくても構わないと思う。何事であれ真剣に全力で一生懸命取り組んでいれば、自ずと自己を知ることになる。そういう実体験があれば、将来仏教に出逢ったときにその意味がよく分かるようになると思う。

<良い縁と悪い縁>

これは私のたかだか三十年の人生から得た経験論に過ぎないが、心身を整えて真面目にやっているとやるべきことのほうに近づいていくし、野方図でいればやるべきでないことに引っ張られていく。やるべきことのほうに近づくと良い人に出会えさらに良い方向へ展開が生まれる。逆に向かうと集まる人の空気も淀んで足を引っ張り合いながら一緒に堕ちていく悪循環に陥る。だから、やるべきこととやるべきでないことを見極めたければ、やる内容ばかりでなくそれをやる仲間がどんな人物であるのかも非常に重要だ。仏教で「サンガ=僧団」を重視するのもそのためだろう。どれほど能力が高くても、その人の周りに邪悪な空気が立ちこめていたら、やはり近づかないほうがいい。その意味で、縁を見極める力と縁を引き寄せる力がとても大切だ。身の回りには良い縁と悪い縁がいくらでも転がっているが、片っ端からかたちにしているヒマはないし、かといってすべて無視していては人生が先に進まない。適切な良縁を得て、その都度必要な学びをしなければならない。そのためには、心身を整えることが殊の外重要である。たとえば、いつも微笑んでいる人が良縁を呼び、いつも怒ってばかりいる人が良い縁を遠ざけるであろうことは、誰でも想像がつく。

ところで、今書いたような事柄はもしかしたら「人生の成功法」的なものを説いているかのように聞こえるかもしれないが、それは主旨ではない。もちろん、「身の振る舞いを糺す」などの心がけは、社会的な地位を得るとか経済的に豊かになるとかのいわゆる世俗的な人生の成功を得ることにも間違いなく貢献するはずだが、それはあくまでも副産物であり、木に毛虫が何匹とまっているかという程度の問題に過ぎない。根本的な問題は、いかなる木であれ与えられた人生という木そのものを目一杯生きることだ。そのためにはそれがどういう木なのか知らなければならないし、木がどういう世界に生えているのか知らなければならない。木が木として存在することについてどこまで遡っても根拠など見いだせないことを知り、愕然とすることもあるだろう。しかし同時に、それにもかかわらず木がこうして木として成り立っている生命のエネルギーの不思議に喜びも見いだすだろう。

<浄土というフレームワーク>

私がそんなことを考えるのは、過去に自分に訪れた二度の精神的体験、おそらく宗教体験と言っていいと思われる体験がもとになっている。一度目は大学生の頃。自宅への道を歩いている途中、急に世界から意味と時間が脱落し、あらゆるものが、道ばたの石ころまでが輝いて見えてきた。過去も未来も今まさにここにあるという実感が湧いて、心が喜びに満たされたのだ。並の喜びではなくて、しかしその喜びはほんのつかの間で、自宅に着く頃にはすでに無くなってしまった。ときどき思い出しては「あれは何だったんだろう」と考えることはあったが、やがて風化して不思議な思い出のひとつになった。こうして文字にするとちょっと頭のおかしいように思われるかもしれないが、実際にそういうことがあったのだから、まあ仕方がない。

二度目は今年の夏である。受験勉強の息抜きに仏教の本を読んだり仏教のことを考えたりしながらときどき近所の海を散歩していたのだが、そこでまたもや世界から意味が脱落した。「世界なんて所詮無意味だ」というニヒリズム的な感じではなくて、意味ー無意味の対立を超えた非意味というほうが近い。世界が区分なくそのまま立ち上がって来るのだが、それは「ありのまま」という言葉では淡白すぎるように思われる、ナマなましくダイナミックな感覚。そして、これほどまでに不可思議な世界を生きているにもかかわらず、人間社会の中で価値を持つとされているものを所有することにより自己という存在を確立しようと足掻く世俗の日々の営みはまったく無意味であると心底思い知らされたのだ。「もうこれは完全にお手上げ」というくらい、今までこだわってきた自己というものが完膚なきまで打ちのめされた。しかし不思議と苦しくはなく、むしろ清々しい喜びが込み上げてきた。

私は本願寺で得度してから七年目になるが、恥ずかしながらこのときやっと親鸞聖人の教えを身にしみて理解することができたと思う。浄土真宗流にいえば、私のところに信心がやってきたということか。「自己の凡夫性を認識するということは、浄土の真実に出遇うということとセットでなければ、決して成り立たない」と先生から教わったことが本当の意味で分かったような気がした。親鸞聖人の言うところの自己の愚かさとは、もちろん相対的に評価されるものではなく、また自己の想定しうる範囲の絶対性から見いだされるものでもなく、自己を超えたとんでもないものが差し込んで来ない限り照らされることのないものなのだろう。そして面白いことに、自分の愚かさを思い知らされる経験が、不思議とそのまま喜びとなり生きる力を生み出すのである。

このときの私の体験は、一度目の宗教体験と質的には同じものだったと思う。しかし今回、私は仏教と浄土真宗に親しんでいたおかげでその体験を良い意味で享受し、自己と世界を理解するために役立たせるための枠組みを持っていた。もしそれがなければ、場合によっては「こんな体験を二度も得るとは、自分には何か特別な感覚があるのかもしれない」などと有頂天になり、凡夫性の自覚とは逆の選民意識を持つようなこともなかったとは言えない。しかし浄土真宗のおかげで、勘違いすることなく体験を消化することができたと思う。この機会に私は、世界と自己を理解するための浄土の物語というフレームワークの威力を再認識することとなった。

<私のやるべきこと>

仏教徒の自覚を持って日々の暮らしを送る中で、私のやるべきことは何かといえば、いかなる方法であれ、仏教の魅力をそれを必要とする人に広く正しく伝えることと心得ている。しかし、妻子を持ち俗世間の中で経済活動を行って生計を立てて生きることを選んだ私のような俗人は、筋金入りの出家者がそのために整えられた優れた環境の中で相応の覚悟を持って取り組んだ結果得るであろう仏教的到達点は望むべくもない。しかし私は私なりに俗人としてできる限りのことをし、精いっぱい仏教を通じて人のために生きたい。

人間が皆それぞれ違うように、人によってやるべきことも違うわけで、他人のやるべきことをとやかく言ってもあまり意味はないだろう。本人ですら自分がなぜそれをやるべきなのか明確な理由は分からないのに、自分がそれをやるべきことだけは強烈に自覚されているという場合もあるものだ。「なぜ山に登るのかーそこに山があるから」が答えになっていないのに説得力があるのは、そういうことだろう。ただ私の経験上ひとつ言えるのは、何であれ人は心身を整えて真剣に取り組んでいれば、やるべきことに向かって自ずから近づいていくということ。あるいは、やるべきことが自ずからこちらに向かって近づいてくる。そうなればしめたもので、損得勘定や余計な情報に惑わされることが少なくなって自分の進むべき道を選びやすくなるし、「おれは本当にこれをやりたいのだろうか」などといちいち自分の心に動機付けを伺う必要もなくなる。刻々と移ろう時代の潮流に乗るのではなく、いわば普遍的な良いエネルギーの流れに身を任せているような状態だ。

私はたまたま「自分のやりたいことはこれではないか」と思い立ち、お寺に入り僧侶になった。そしてさまざまなご縁と共に自分の限界にぶつかったり試行錯誤を繰り返す中で「やりたいこと」が「やるべきこと」に淘汰され、現在のような「今、自分がやるべきこと」が少しずつシェイプされてきた。その結果、「在家仏教徒の立場から、仏教の魅力をそれを必要とする人に広く正しく伝えることに貢献する」ことが、私のやるべきこととして意識されるようになった。

今のところそれは具体的にどういうことかといえば、

1. 真剣に出家を志す僧侶が経済活動に煩うことなく仏道修行に専念できる環境を整えること
2. 寺院での社会貢献活動を活発化させ、人が安心や生き甲斐を取り戻す場として寺院を機能させること
3. 未だ明確な自覚のない人も含め、仏教を必要とする人に対してあらゆる方面から仏教に触れるきっかけを作ること

などだろう。

最初に持ってきておいて何だが、1.のようなことは在家主義の浄土真宗ではあまり言われることではない。しかし親鸞聖人だって最初は比叡山で二〇年間も修行をされていたのである。宗教が人を惹き付けるのは教義そのものよりも先に人物だ。その意味で、私は宗教においては人物を育てることが最も重要だと考えるのだが、現状の仏教界の受け入れ態勢は十分とは言い難い。だからこそ、真剣に出家を志す僧侶が法事やお葬式などの経済活動に煩うことなく修行できる環境を整えることは絶対に必要だと思うのだ。たとえ浄土真宗においても、生まれてこのかた浄土真宗という人ばかりではダイナミズムが失われる。紆余曲折を経て浄土真宗に辿り着きましたという人でなければ説けない浄土真宗というものもあるはずだ。ちなみに私のような僧とも俗ともつかぬ者がお寺から給料をもらっている場合ではなく、いつか自立して頑張るお坊さんの修行を支えるためにお布施する側に回らなければならないと思っているが、それは今後の課題である。

2. に関しては、私はこれからビジネススクールで法人経営について学ぶ中で、ソーシャルエンタープライズとしてのお寺のあり方というものを模索していきたい。人はなぜ宗教を求めるのか、その問題について現場レベルでの理解をもっと深めねばならないと思っている。伝統仏教はずいぶん新宗教に信者を持っていかれているが、少なくとも教義上の不備でそれが起こっているわけでないことは教義を見比べればたいていは明白である。にもかかわらずお寺を離れて新宗教に行く人が多いのは、あきらかに人が宗教に求めるものを伝統仏教界が提供していないということを示しているに他ならない。人生に悩んでいる人が元気になり、安心や生き甲斐を取り戻すような場としてのお寺を作りたい。

この彼岸寺というサイトをはじめ、私がこれまでやってきたことの多くは、3. の「仏教に触れるきっかけ」を作るという仕事だった。きっかけ作りというのは熱心な仏教者からしてみれば浅い仕事に見えるかもしれないが、私はそれはそれでとても大事なことだと考えている。人生の中でいつも宗教的な感性を研ぎすませているという人は稀で、たいていはふだん宗教的な事柄などほとんど考えずに忙しく過ごしている。しかし、何かの拍子にふと存在の裂け目に気がつくこともある。そういうとき、「お寺に行ってみようかな」「仏教に答えがあるかもしれないな」と思いつくかどうかは、社会の中での仏教のプレゼンスによるところが大きい。もちろん、仏教の名を貶めるようなことでプレゼンスが高まっても逆効果だが、日本仏教は広い文脈を持っているのでいろんな面から取り上げて興味を持っておいてもらうことは意外に重要なことだ。きっかけを得た後さらに深めたい人は、そこはもう人対人でしか伝わらない世界に入っていくだろう。仏教知識のさわりをネットから得たところで、それ以上は難しい。宗教は人から人へ、だ。共感する僧侶に師事するなどして各人が体験を通じて仏教を学んでいってもらうのが一番だ。

<僧に非ず俗に非ず>

ちなみに私は浄土真宗の僧侶という肩書きであるが、人が仏教に触れてもらった先には皆に浄土真宗に入ってもらいたいとはぜんぜん思わない。浄土真宗を必要とする人が浄土真宗を依りどころとすればよいのであって、別の枠組みで取り組みたい人は曹洞宗でもテーラワーダ仏教でも何でもいい。私も禅の本に共感することがたくさんあったりする。もっといえば、優れた方法論があるのであれば仏教でなくたっていい、もしあるのであれば。どの道で近づこうとも、その先にあるものは変らず待っているはずだ。いろいろ試してみてもいいし、他の方法論から学んでもいいだろう。所属グループ間のイデオロギー戦争になることは本末転倒なので避けたいが。

私は7年前に本願寺で得度してからこれまでしばしば「僧侶としてどうあるべきか」ということを考えることがあった。僧侶であるということはどういうことか、僧侶として社会の中でどう行動すべきか、など思い悩んだこともあった。しかし今は、その問題意識はほとんどなくなった。少なくとも自分の中では、私は僧侶ではなく在家の仏教徒であり、一人の人間であり、たまたまこの不可思議な世界に生まれたひとつのいのちに過ぎない。今私は、そういう者がこの世界でやるべきことをやっていけばいいだけなので、僧侶としてとか仏教徒としてとかの理念的な動機はもうどうでもよくなってしまったのだ。ただ、私のやるべきことをやるには仏教の僧侶という肩書きがあったほうが仕事上都合がいいので、矛盾をはらんでいながらもある意味で最もウソの少ない「浄土真宗の僧侶」という立場でやらせていただいている。

ひとつだけ注意しているのは、ともすれば「浄土真宗の僧侶」は「そのままでいい」を強調しすぎるあまりに怠惰な生活に流れてしまったりしがちなので、その点はせめて「僧侶」と社会的に認識される仏教徒として振る舞いを糺すことを心がけていきたいと思っている。たとえば、私はもともと大酒飲みであったが、今はもう1年ほど一滴も飲んでいない。執着しているものを捨てるのは最初はなかなかつらいものだが、中途半端に「一杯だけ」などとすると惰性が出てくる弱い人間なので、いっそのこときっぱり止めてしまった。お陰で有効に使える時間も増えて心身共に健康的な生活になり、朝は早起きをして仕事もはかどるようになり、失敗も少なくなった。不飲酒戒が五戒に入っているのには理由があるのだ。よし、この勢いで、もう一生飲まないこととする。と書いてしまった以上、私はそれを実行しなくてはならない。不妄語戒=ウソをついてはならないという戒もあるのだから、真剣な仏教徒でありたいと言う私の言葉が軽くては話にならないだろう。頑張ろう。

非僧非俗とは親鸞聖人の境涯だが、私なりの解釈をさせていただけば、この時の親鸞聖人の心持ちは、よく言われるように「国家の僧という立場から決別し、真の仏弟子としての自覚を新たにされた」という重い決意も込められているかもしれないが、もしかしたら「もう僧でも俗でもどうでもいいんだけど」というあっけらかんとした心持ちもどこかにあったのではないかと思うのだ。自身が沙弥(出家前の在家の仏弟子)であるとも名乗っておられるので、在俗の仏弟子としての自覚を強く持っておられたのだろう。私は仏教界に入っていろいろな素晴らしい方と出逢うご縁をいただいたが、その中には出家僧侶として立派に活動されておられる方もおられるし、まさに非僧非俗を地で行く活動をされておられる方もおられる。私はといえば、真剣に活動される出家僧侶の方の活躍をサポートしながら、親鸞聖人の非僧非俗の境涯を見習って仏教のためにいい仕事をしていくことが本分のようだ。

いつか大きくなった子どもに、「お父さんは最も真剣に仏教に取り組んでいる人の一人だ」と胸を張って言えるくらい、一生懸命に私なりの仏道を追求していきたい。

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コメント (2)

群馬県の一僧侶:

以前、松本さんにご法話をいただいた群馬県の曹洞宗の僧侶です。その節は誠にありがとうございました。いつも拝見しております。お子さんがうまれたのですね。おめでとうございます。今回の記事はとても感動しました。松本さんのような方がいることがとても心強く励まされます。是非、またいらして講演をしてください。合掌

松本:

> 群馬の僧侶さん
こちらこそその節はありがとうございました。
おかげさまで子どももすでに一歳になり元気にしております。
私は僧侶という立場で私なりにできることをこつこつやっていきたいと思っています。
ぜひまたいつでもお声がけくださいませ。
またお会いできる日を楽しみにしております。

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お寺は日本全国に7万ヵ寺以上存在するといわれますが、その割にはあまり存在感が感じられないのは気のせいでしょうか。こんな時代だからこそ、お寺には日本の伝統や文化を守り育んでいく、大事な役目があると思うんです。彼岸寺の松本が見たり聞いたり感じたりしたことをもとに、「お寺の未来」について書くエッセイです。
松本圭介
法名・釈紹圭(しょうけい)。浄土真宗本願寺派僧侶、布教使。神谷町光明寺所属。1979年、北海道生まれ。東京大学文学部哲学科卒業。代表を務める光明寺仏教青年会は2008年に財団法人全国青少年教化協議会より第32回正力松太郎賞青年奨励賞受賞。インターネット寺院「彼岸寺」の運営。著書に『おぼうさん、はじめました。』 『"こころの静寂"を手に入れる37の方法』など。