先日、とあるお寺が主催する仏教の研究会に出席してきました。お坊さんが寄り集まって開かれる勉強会はたくさんありますが、一ヵ寺であれだけの人材を集めて場所を整え研究紀要まで出しているところはなかなか他にはないのではないかと思います。
もっとも、各宗派がそれぞれ備える大きな研究所には大勢の人材と立派な施設が揃っていますが、大きな宗派というのは総じてあまり研究者を大事にしない傾向があるようで、「ある研究所では、待遇があまりにもひどくて研究員が皆退職してしまったのに、待遇のよい事務員だけが仕事に残っているのだが、研究員のいない研究所で彼らはいったい何の仕事をしているのだろうか」という笑い話も聞かれるくらいです。「仏教教団の研究所っていうのは、宗派の偉いお坊さんたちが一般人から難しいことを聞かれたとき、自分たちが答えられなくて恥をかかないようにするために、代わりに答える人として置かれているだけなんだよ」というとある研究者の言葉に、妙な説得力があります。
一方、新宗教のほうでは、たとえば霊友会の国際仏教学大学院大学(仏教関係の蔵書が半端でない)などのように開かれた研究の場が提供されているケースもあり、このままでは伝統仏教界の研究は崩壊してしまうのではないかと危惧する人もいます。私たちの彼岸寺になぞらえるわけではないですが、これから仏教研究者の間でも超宗派での交流が進んで、宗派とは違う単位での結びつきで生まれる研究が出てくるのではないかという気もします。
ところで私は何か学問的な研究をしているわけではないので、研究会に参加したと言ってもとりあえずちょこんと隅の席に座っているだけでしたが、バラエティに富んだ研究発表には私もとても知的に刺激を受けました。ところで、自分も専門を持つとしたら何がいいだろうと考えてみると、これと言って持つべきものがないことに気が付きました。「この分野なら、彼だね」と言われるような専門を、いつか持ちたいものです。