2008年5月 1日

先日、とあるお寺が主催する仏教の研究会に出席してきました。お坊さんが寄り集まって開かれる勉強会はたくさんありますが、一ヵ寺であれだけの人材を集めて場所を整え研究紀要まで出しているところはなかなか他にはないのではないかと思います。

もっとも、各宗派がそれぞれ備える大きな研究所には大勢の人材と立派な施設が揃っていますが、大きな宗派というのは総じてあまり研究者を大事にしない傾向があるようで、「ある研究所では、待遇があまりにもひどくて研究員が皆退職してしまったのに、待遇のよい事務員だけが仕事に残っているのだが、研究員のいない研究所で彼らはいったい何の仕事をしているのだろうか」という笑い話も聞かれるくらいです。「仏教教団の研究所っていうのは、宗派の偉いお坊さんたちが一般人から難しいことを聞かれたとき、自分たちが答えられなくて恥をかかないようにするために、代わりに答える人として置かれているだけなんだよ」というとある研究者の言葉に、妙な説得力があります。

一方、新宗教のほうでは、たとえば霊友会の国際仏教学大学院大学(仏教関係の蔵書が半端でない)などのように開かれた研究の場が提供されているケースもあり、このままでは伝統仏教界の研究は崩壊してしまうのではないかと危惧する人もいます。私たちの彼岸寺になぞらえるわけではないですが、これから仏教研究者の間でも超宗派での交流が進んで、宗派とは違う単位での結びつきで生まれる研究が出てくるのではないかという気もします。

ところで私は何か学問的な研究をしているわけではないので、研究会に参加したと言ってもとりあえずちょこんと隅の席に座っているだけでしたが、バラエティに富んだ研究発表には私もとても知的に刺激を受けました。ところで、自分も専門を持つとしたら何がいいだろうと考えてみると、これと言って持つべきものがないことに気が付きました。「この分野なら、彼だね」と言われるような専門を、いつか持ちたいものです。

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お寺は日本全国に7万ヵ寺以上存在するといわれますが、その割にはあまり存在感が感じられないのは私の気のせいでしょうか?情報化とグローバリゼーションが進む時代だからこそ、お寺には日本の伝統や文化を守り育んでいく、大事な役目があると思うんです。彼岸寺の松本が見たり聞いたり感じたりしたことをもとに、「お寺の未来」についてつらつらと書きます。エッセイですので不正確な表記やおおげさな表現が出てくるかもしれませんが、どうぞご了承ください(誤り等あれば修正しますので、ご指摘いただければ幸いです)。
松本圭介
僧侶 法名・釈紹圭(しょうけい)。浄土真宗本願寺派僧侶、布教使。東京・神谷町光明寺所属。1979年生まれ。東京大学文学部哲学科卒業後、仏教界のトビラを叩く。超宗派の僧侶達が集うブログサイト「彼岸寺」を設立し、お寺の音楽会「誰そ彼」や、寺院内カフェ「ツナガルオテラ 神谷町オープンテラス」を企画している。著書に『おぼうさん、はじめました。』(2005年12月刊行)