2008年4月21日

結婚して部屋が手狭になったので、ここのところ時間があるときに物件探しをしています。

東京には数万単位で数え切れないほどの物件があり、物件情報を見ながら「もしここに住んだらどんな暮らしが待っているのだろう」と想像を膨らませるだけで、そう飽きることはありません。

中でも特に面白いのは、築年数のかなり経っている古めの物件。

最近の新築物件では良くも悪くも考えられないような変わった条件のものが安い家賃で見つかると、「どうだ、この条件を呑めるか?」と貸し主さんに勝負を挑まれているような気がして、借りる側としても「よし、その間取りなら、こういう使い方で対抗してやる」なんていう闘志を燃やしてしまうのです。


実際、現在住んでいるこの物件も、都心でしかも窓の外には大きな川が広がっているという好立地にもかかわらず破格の賃料で募集が出ていたのを、私がさらに交渉して値切ったもので、ずいぶんお得な条件で住まわせてもらっています(大家さん、ありがとうございます)。

私が入居するまでにこの物件を内見しに来た人も何人かいたそうですが、誰も契約までは至らなかったわけです。理由はおそらく「おかしな間取り」。チラシには「リバービュー」と書いてあるのに、間取り図を見るとなぜかバルコニーに面した窓を覆い隠すように収納スペースが陣取っています。

「???」と思いつつ、まずは物件を内見させてもらうと、なるほど、洋間であるにもかかわらず段差のある縁側のようなかたちで足元収納スペースが設置されていました。バルコニーに出るには必ずこの縁側を踏み越えなければなりません。

その他にも、潜水艦を彷彿とさせるドーム型の天井や使い古された作り付けのソファーベッドなど随所にオーナーの強烈なこだわりが感じられ、おそらく過去の内見者たちはそのこだわりに打ち勝つことができなかったに違いありません。


さすがに私も迷いました。ふつうに考えれば条件から見て破格の家賃だけど、もし住み始めてからこの間取りを克服できなければ取り返しのつかないことになるかも、、、案内してくれた不動産やさんを前にして逡巡の袋小路に入りかけたとき、私はひとつの賭けに出ることにしました。

「もし、家賃があと一万円安ければ、即決します」

そう言うと、意外にも不動産やさんはすぐに大家さんに連絡をとりはじめました。きっと、物件情報を見て条件がいいからと内見を申し込んで来た人をこれまで何人も現地案内したのに、実際の物件を見ると皆ためらってちっとも入居者が決まらないので、不動産やさんも大家さんもいい加減に何とかしたいところだったのでしょう。賭けは成功、住んでみるとそれなりに使いこなせる部屋で、今ではとても気に入って暮らしています。


最近では不動産やさんに行かなくてもインターネットで物件情報を検索できるようになってきましたが、それでもやはり最後は足で歩いて物件を見に行かなければ、その物件の実際の状態は分かりません。とくに物件情報に載っている数字だけでは判断できないのが、部屋と建物の管理状況。

築年数がいくら浅くても建物の作りがいい加減で管理が行き届いていなければ、共用部分が荒れて建物に痛みが出てきます。何より、管理が行き届いていない感じが住人にも伝わって、住人のコミュニティ全体が荒れてきます。

逆にどれほど古い物件でも、建物自体の作りと管理体制がしっかりしていれば、住人もきちんとした人が入ってきて建物の痛みも少なくなり、古さの中にも清潔感の感じられるレトロ物件という趣きが出てきます。


そういえば京都の古いお寺などに行くと、建物自体はとても古い(築数百年もざらだから、古いどころではない)のに、とても清潔感が感じられますね。

廊下や欄間など隅々まできれいに磨き上げられ限りなく無駄を省いて整理整頓された室内には、人間の俗っぽい営みを感じさせるものは何一つないのですが、しんと静まり返ったその様子の中にかえってそれをそれとして成り立たせている人たちの努力が感じられ、その温かみにホッとさせられるような気がします。

お寺を見るとき、ただ建物の歴史性というだけではなくて、建物とそれを取り巻く人間の営み全体が美しく調和していることに、人は感動させられるのかもしれません。


そういうものに惹かれる私は、お寺も自宅もきれいに整えようといつも心がけているのですが、ただ合理的に整理整頓するだけでは、なかなかよい具合にはなりませんね。

暮らしのあり方そのものにまで踏み込まなければ、営み全体の調和が美しく輝いてこないのでしょう。

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お寺は日本全国に7万ヵ寺以上存在するといわれますが、その割にはあまり存在感が感じられないのは私の気のせいでしょうか?情報化とグローバリゼーションが加速度をつけて進んでいくこんな時代だからこそ、お寺には日本の伝統や文化を守り育んでいく、大事な役目があると思うんです。「お寺の未来」について、彼岸寺住職の松本が連載していきます。
松本圭介
僧侶 法名・釈紹圭(しょうけい)。浄土真宗本願寺派僧侶、布教使。東京・神谷町光明寺所属。1979年生まれ。東京大学文学部哲学科卒業後、仏教界のトビラを叩く。超宗派の僧侶達が集うブログサイト「彼岸寺」を設立し、お寺の音楽会「誰そ彼」や、寺院内カフェ「ツナガルオテラ 神谷町オープンテラス」を企画している。著書に『おぼうさん、はじめました。』(ダイヤモンド社/2005年12月刊行)