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2007年5月 アーカイブ

2007年5月13日

 東大を卒業してすぐ、縁もゆかりもないところから飛び込んだ仏教界。光明寺でお坊さんとして活動しはじめてから早四年目になります。

 京都の本山で僧侶としての研修をこなしながら、日本の仏教寺院の基本的な勤めであるご法事やお葬式などの仏事、お盆やお彼岸や報恩講など特別な年中法要も一通り経験しました。また、関連業者との付き合いや会計処理など、宗教法人としてのお寺の経営についても内側から学ぶことができました。また、宗派から法話の布教使の資格を得、全国のお寺をまわって布教をする機会もありましたし、専任職員として宗派全体の仕事に携わる機会にも巡り会いました。さらに、お寺や周囲の友人の協力を得て、お寺コンサート『誰そ彼』や、お寺カフェ『神谷町オープンテラス』などの新しい企画にも積極的に取り組んできました。

 「人心が荒廃した時代こそ、ほんとうの宗教にがんばってほしい。しかし、期待している日本の伝統仏教は病気なのか歳なのか、最近どうも元気がないようだ。でもほんとうの力はこんなはずじゃない。その真価を再活性化して日本そして世界に発信するために、自分も何かお手伝いができないだろうか。しかし外側からのサポートでは限界があるし、手遅れになるかもしれない。そしてそもそも、ほんとうに何が問題なのか突き止めることが難しい。それならばまずは自分が飛び込んで、中からその世界を体験してみることが必要だろう」

 生意気にもそんな思いで飛び込んだ身ではありますが、そこは仏教界の懐の深さでしょうか。どこの馬の骨やらわからない者を受け止めていただき、おかげさまで今まで無事に、私は伝統仏教宗派の僧侶として仏教界の内側から一通りのことを経験することができました。
 では、中に入ってみたら日本仏教が元気のない理由がわかったかといえば、事はそう簡単ではないようです。仏教が元気を取り戻すというのは、なにも既存の仏教教団が勢力を盛り返していくということだけを意味するわけではありません。仏教は人が仏になる道として、ひとりひとりの人が自分の生き方として真剣に取り組んでいくための教えであり、人の生き方そのものなのです。お坊さんがもっともっと頑張らなくてはいけないのはもちろんですが、仏教界を取り巻く環境の変化も押さえた上で、より総合的に考えて問題を解決していく必要性をひしひしと感じています。

 私はたまたま、外側からの目と内側からの目、両方を持つ者として、これまでの仏教のあり方を総括し、これからの仏教の展望をみなさんと一緒に考えていきたいと思います。

お寺は日本全国に7万ヵ寺以上存在するといわれますが、その割にはあまり存在感が感じられないのは私の気のせいでしょうか?情報化とグローバリゼーションが進む時代だからこそ、お寺には日本の伝統や文化を守り育んでいく、大事な役目があると思うんです。彼岸寺の松本が見たり聞いたり感じたりしたことをもとに、「お寺の未来」についてつらつらと書きます。エッセイですので不正確な表記やおおげさな表現が出てくるかもしれませんが、どうぞご了承ください(誤り等あれば修正しますので、ご指摘いただければ幸いです)。
松本圭介
僧侶 法名・釈紹圭(しょうけい)。浄土真宗本願寺派僧侶、布教使。東京・神谷町光明寺所属。1979年生まれ。東京大学文学部哲学科卒業後、仏教界のトビラを叩く。超宗派の僧侶達が集うブログサイト「彼岸寺」を設立し、お寺の音楽会「誰そ彼」や、寺院内カフェ「ツナガルオテラ 神谷町オープンテラス」を企画している。著書に『おぼうさん、はじめました。』(2005年12月刊行)