この企画は、
私「めっちゃん」の仏教についての素朴な疑問に、
お坊さんである「おじいちゃん」が答えるものです。
まず、登場人物の「めっちゃん」と「おじいちゃん」について、
そして二人のやりとりがはじまった経緯を簡単に説明しましょう。
私「めっちゃん」が生まれ育ったのは京都の北にある小さな町です。
おじいちゃんはそこから列車で二時間ほど離れたところにある
浄土真宗のお寺の住職をしています。
おじいちゃんは私に子供のころから仏教の話、
とくに浄土真宗の話をよくしてくれましたが、
幼き子供にはむずかしすぎました。
ただ記憶にあるのは、
おじいちゃんが手を大きく動かしたりしながら、
とっても一生懸命話してくれた、その姿でありました。
やがて小学生くらいの歳になると、ふっと疑問に思うのです。
「なむあみだぶつってどういうことなのだろう?」
まるで思い出したかのように疑問をもつわけなのです。
私の素朴な疑問に答えられなかった両親は、
おじいちゃんにたずねてみなさいと言いました。
そうして、さもありなんとばかりに質問の手紙を書いたのが、
おじいちゃんとのやりとりのはじまりです。
成長するにしたがって、
そのときどきに浮かぶ疑問は変わっていきます。
大学入学前くらいのころには、
「おじいちゃんが言っていたことがフっと自分の中でおちた、
納得できたような気がする。この感覚を伝えたい!」
というある種の衝動のようなもので、
おじいちゃんに手紙を書いたこともありました。
今、私「めっちゃん」は結婚をして、子どももできました。
でも、幼いころの素朴な疑問はかたちを変えながらも
私の中にいまだ残っているようで、
最近は仏教の勉強を少しずつはじめましたが、
今もあいかわらず私の一番の相談相手は「おじいちゃん」です。
現在、その相談のやりとりが
『手紙』 ― 私「めっちゃん」が「おじいちゃん」へ質問の手紙を書く
『対話』 ― 手紙の質問を踏まえて、二人が直接会って対話する
『振り返り』 ― 対話を終え、感想を「めっちゃん」が振り返る
というサイクルで進んでいます。
この企画では、その一部をみなさんにご紹介いたします。
ここには明確な答えや結論はありません。
あるのは、プロセスであり、ある種の方向性です。
そこから何を感じ、拾い、どう行動していくかは、人それぞれ。
決められた解釈も答えもない絵画のように、
どう感じていただいてもどう解釈していただいても構いません。
誰しも一度は通り過ぎたのに、
忙しい日々が忘れさせてしまう何かを、
ここから思い出していただければ幸いです。