2007年05月13日

この企画は、
私「めっちゃん」の仏教についての素朴な疑問に、
お坊さんである「おじいちゃん」が答えるものです。

まず、登場人物の「めっちゃん」と「おじいちゃん」について、
そして二人のやりとりがはじまった経緯を簡単に説明しましょう。


私「めっちゃん」が生まれ育ったのは京都の北にある小さな町です。
おじいちゃんはそこから列車で二時間ほど離れたところにある
浄土真宗のお寺の住職をしています。
おじいちゃんは私に子供のころから仏教の話、
とくに浄土真宗の話をよくしてくれましたが、
幼き子供にはむずかしすぎました。
ただ記憶にあるのは、
おじいちゃんが手を大きく動かしたりしながら、
とっても一生懸命話してくれた、その姿でありました。

やがて小学生くらいの歳になると、ふっと疑問に思うのです。
「なむあみだぶつってどういうことなのだろう?」
まるで思い出したかのように疑問をもつわけなのです。
私の素朴な疑問に答えられなかった両親は、
おじいちゃんにたずねてみなさいと言いました。
そうして、さもありなんとばかりに質問の手紙を書いたのが、
おじいちゃんとのやりとりのはじまりです。

成長するにしたがって、
そのときどきに浮かぶ疑問は変わっていきます。
大学入学前くらいのころには、
「おじいちゃんが言っていたことがフっと自分の中でおちた、
 納得できたような気がする。この感覚を伝えたい!」
というある種の衝動のようなもので、
おじいちゃんに手紙を書いたこともありました。

今、私「めっちゃん」は結婚をして、子どももできました。
でも、幼いころの素朴な疑問はかたちを変えながらも
私の中にいまだ残っているようで、
最近は仏教の勉強を少しずつはじめましたが、
今もあいかわらず私の一番の相談相手は「おじいちゃん」です。


現在、その相談のやりとりが
『手紙』 ― 私「めっちゃん」が「おじいちゃん」へ質問の手紙を書く
『対話』 ― 手紙の質問を踏まえて、二人が直接会って対話する
『振り返り』 ― 対話を終え、感想を「めっちゃん」が振り返る
というサイクルで進んでいます。
この企画では、その一部をみなさんにご紹介いたします。


ここには明確な答えや結論はありません。
あるのは、プロセスであり、ある種の方向性です。
そこから何を感じ、拾い、どう行動していくかは、人それぞれ。
決められた解釈も答えもない絵画のように、
どう感じていただいてもどう解釈していただいても構いません。


誰しも一度は通り過ぎたのに、
忙しい日々が忘れさせてしまう何かを、
ここから思い出していただければ幸いです。

めっちゃん(29歳)が仏教について、浄土真宗について、日々考える素朴な疑問を、僧侶であるおじいちゃんに質問します。
[手紙]
ーめっちゃんからおじいちゃんへの手紙
[対話]
ーめっちゃんとおじいちゃんの面談
[振り返り]
ー面談を終えためっちゃんの感想
めっちゃん
離れて住むおじいちゃんは浄土真宗のお寺のお坊さん。そのおじいちゃんの影響を強く受けたせいか、人生の節目節目に浮かんでくる仏教への問いと格闘する日々が続く。京都府出身、現在29歳。今年第一子を出産。