御免勧化の枠に入るのはお寺にとって至難の技でしたが、幕府は明和3年(1766)に、相対勧化という助成策を新たに打ち出します。
御免勧化には寺社奉行連名の勧化状が発給されましたが、この相対勧化の勧化状は、寺社奉行1名のみの捺印でした。幕府の許可を得た勧化ではありましたが、御免勧化よりも格が低く、先のような御触書、つまり政令のようなものも出されませんでした。
このため、相対勧化が許可されたお寺は、対象地域のお殿様やお代官様から、直接にはバックアップが受けられませんでした。お寺が勧化のため巡行してくる旨が伝えられなかったため、領民に対して西大寺の場合のように、巡行してきたら寄進するよう指示を下す必要はなかったのです。
相対勧化の場合、お寺の側は自力で対象地域を回り、寄進を募ったわけです。その期間は90日で、事情によって30日間の延長を許可するというものでした。
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"三章七話 勧化の波紋"