
江戸時代は現代とは違って、イベントホールのような集客施設は限られていました。室内施設としては歌舞伎小屋が代表的なものですが、人がたくさん集まる場所と言えば、何と言ってもお寺の境内でした。お寺の側も、たくさんの人に来てもらおうと、様々な工夫を凝らします。
無数の娯楽が氾濫している現代とは違い、この時代の娯楽は本当に限られたものでした。江戸の人々にとって、お寺への参詣とは信仰心を満たすことはもちろん、余暇を楽しみ、癒しも得られる貴重な機会となっていました。
お寺の境内と言っても、その規模にはかなりの格差がありますが、浅草寺や寛永寺・増上寺クラスになると、その境内は数万坪という単位になります。こうしたお寺は、現在も境内はかなり広いのですが、江戸の頃はその数倍はありました。例えば、上野公園や芝公園は、まるごと寛永寺や増上寺の境内でした。
お寺の境内とは、いわば公園のような存在でした。ですから、自然と江戸っ子の憩いの場となるわけですが、となると、善男善女を相手にした様々な商売が生まれます。飲食店はもちろん、娯楽を提供する店などが立ち並ぶようになりました。それは境内だけでなく、門前も同じです。
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"一章一話 境内は江戸の盛り場"