御師は普段、大山の麓で生活していましたが、年2回ぐらい講中のもとを回っていることは、既に述べたところです。これを檀那廻りと称しました。檀廻りとも言います。
師檀関係を継続していくには檀廻りは必要不可欠な営業活動のようなものでしたが、具体的にはどんな形でおこなわれたのでしょうか。まず、御師の家の中を覗いてみることにしましょう。
御師の家には、自分の檀家に関する台帳が大事に保管されていました。そこには何が書かれているのでしょうか。
檀家が住んでいる地域を檀那場と言いましたが、その国や郡・町村名が台帳には書き上げられていました。そのほか、講元。副講元。世話人。檀家数はもちろんです。
講元というのは、講中の代表者のことです。世話人とは幹事役です。御師が講元や世話人に大変気を遣っていたことは言うまでもありません。
檀廻りについての記載もあります。廻る順番や講中に届ける品物などが記述されています。御師にとっては、マニュアルのようなものでした。そのマニュアルをもとに、御師は檀廻りの計画を立てていくわけです。
大山講の講中は関東一体に展開していましたから、この檀那廻りを効率よく実行するには、しっかりとした計画を立てる必要がありました。その際、威力を発揮した先例の記録集なのです。
檀廻りの時期ですが、大概は春山(6月27日~7月7日)、夏山(7月14日~7月17日)を除いた時期に設定されました。農村の場合は、秋の収穫が済んだ暮れから正月にかけての農閑期に廻っています。
遠方の場合は、年1回ぐらいになってしまったようです。1回の檀廻りのため、2~3ケ月要する場合も珍しくありませんでした。
ただし、近隣の農村の場合は、年3~4回廻ることもありました。