講中が大山に参詣する時は、御師が経営する宿坊に宿泊・休憩するのが通例でした。その経営事情などを細かく見てみます。
その前に、御師はどのような形で収入を得ていたのかを見ていきましょう。
何と言っても、宿坊経営による収入です。講による参詣と言っても、代参者数人を立てての参詣ですが、その宿泊代が貴重な収入となっていました。
宿泊代だけではありません。宿泊した翌朝に、大山に登山して参拝するわけですが、その前に、御師は参拝者に祈祷などをして、その料金を受け取っています。
同行して道案内もします。御師は先導師でもありました。
参詣が終わると、講中に御札を配布します。参詣できなかった講員用の御札も配布していますが、それなりの心付けも、講中から受け取っていることは言うまでもありません。
竈祓いに伴う収入もあります。檀那廻りによる収入は後でご紹介しますが、 竈祓いとは年末から年の初めにかけて、2~3週間にわたって、檀家のもとを廻るものです。その家の無事繁栄を祈って、竈祓いをおこない、謝礼を受け取るのです。
「初穂受け」というものもあります。これは農村の講中を対象としたものです。
収穫時に、御師は天秤を担いだ供人を連れて檀家を廻り、初穂を受けています。春に御師がやって来て、豊作を祈願するのですが、秋の収穫時に再びやって来て、豊作の御礼を初穂として受け取るというわけなのです。
米の収穫時に受け取る御礼は、「米初」(こめはつ)。「麦初」「綿初」「蚕初」というものもあります。その意味は何となく分かるのではないでしょうか。このよう形で、御師は農村との繋がりを深め、自分の経営基盤も強化していたのです。