2008年6月 3日
14話[1].jpg

 以上、13話にわたり高尾講について見てきました。
 講中の分布については、そのお寺の特徴が出てくるわけですが、講中が結成される背景は、どのお寺も同じようなものでした。ですが、高尾山特有のものとしては杉苗の奉納があります。

 高尾講に限りませんが、ご利益を受けた信者は高尾山にお礼参りをします。その折には、金品などのお布施を持参するのですが、杉苗奉納という形のお布施もありました。杉苗を高尾山に植えることで、お礼の気持ちを表したのです。

 高尾山の参道には、杉の巨大な古木が立ち並んでいます。その多くは、高尾山の信者により奉納された杉苗が育ったものなのです。現在では杉苗の代わりに現金を納め、高尾山からは護摩札を貰い受けることになっています。

 毎年4月の第3日曜日に執り行われる高尾山の春期大祭では、坊の入口に「お花」が飾り付けられます。以前は、4月21日に執り行われていました。「山開き」の日だったからです。この日を境に、講中の登拝がはじまります。

 大祭に先立って、「お花」を高尾山にあげるのですが、それを担っているのが、「栄久お花講」です。八王子消防記念会が運営しています。

 栄久お花講は、山開き以前に高尾山にあがることのできる唯一の講中でしたが、元々は吉原の鳶職人で結成された講中でした。

 しかし、天保年間(1831~1845)に吉原の鳶職では手に負えなくなりました。その後、八王子の鳶職が引き継いで、現在に至っています。こんなところにも、江戸以来の高尾講の名残りを見付けることができます。

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江戸時代、お寺参りは町人たちのレジャーでした。当時世界一の人口規模を誇った観光都市江戸では、お寺がありとあらゆる工夫を凝らし、現代の広告代理店さながらの参詣客の争奪戦が繰り広げられておりました。江戸研究家の安藤優一郎が語る、お寺にまつわる江戸の人間模様。
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安藤 優一郎 / 文
1965(昭和40)年千葉県生まれ。歴史家。江戸時代を専門とする。文学博士(早稲田大学)。NHK文化センターなどで生涯学習講座の講師を勤める。著書『徳川将軍家の演出力』『観光都市江戸の誕生』(新潮新書)では寺社の経営戦略を、新刊『江戸城・大奥の秘密』(文春新書)では、大奥とお寺の深いつながりを明らかにした。
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加藤 円正 / イラスト
昭和51年愛媛県生まれ。人口100人ほどの瀬戸内に浮かぶ島にある、お寺の住職。イラストレーション、板目木版を中心に絵を描く。妖怪と時代劇とロックンロールを好む。2005年『怪』(角川書店)「第二回怪大賞」にて京極夏彦氏より妖怪版画で京極賞を受賞。
→イラストレーター公式サイト