
お寺が幕府から助成を受ける方法はいろいろですが、大まかに言うと2つに分けられます。1つは金品を給付されたり、拝借することです。もう1つは、募金活動を許可されることでした。
助成を願うのは、堂社の新築・修築などハード面の整備の時です。ベストなのは、幕府の費用で整備してもらうことです。しかし、その恩恵に預かれるのは、寛永寺や増上寺など、将軍と特別の由緒があるお寺に限られていました。将軍のお墓があるわけですから、国家予算で維持されるのは当然と言えます。将軍が檀家であることの強みが、いかんなく発揮されるのです。
普段お寺は、幕府や諸大名から寄進を受けた土地、年貢を免除された土地(除地と呼ばれます)から上がる収穫物や檀家のバックアップなどで、仏事を執り行っていました。しかし、堂社の大修復など、莫大な臨時の出費が予想される際は、それだけでは無理でした。そこで、幕府や大名などの領主からの助成に頼ろうしたわけです。
しかし、国家予算で修繕してもらえるお寺は言うまでもなく、金品を給付されたり、拝借できるのも、ほんのごく一部のお寺に過ぎません。そこでも、優遇されていたのは徳川家と縁故のあったお寺だけでした。総数でみても、100ケ寺ほどに過ぎなかったでしょう。
募金活動とは、お寺が自力で集金することですが、主に2つの方法がありました。1つは勧化、もう1つはご開帳でした。
勧化とは、元々は仏の教えを勧めることですが、転じて、お寺の建立や修復のために人々に勧めて寄付を募る。つまり、金品の寄付を勧める言葉として用いられるようになりました。
ここで言う勧化とは、幕府の許可を受けた勧化のことです。もちろん、幕府の許可を受けなくても、勧化はできました。それを私之勧化、自分勧化と呼びましたが、幕府の許可を受けた勧化の方がはるかに効果があったのです。