お寺にとって、大奥との関係はたいへん大事でした。大奥対策は、経営戦略にしっかりと組み込まれていて、奥女中が参詣してくれば、お寺を挙げての至れり尽くせりの接待となります。
大奥からの参詣と言っても、将軍の正室・側室・娘(姫君)自身が参詣することはあまりありません。仕える奥女中が代理としてやって来るのです。当の奥女中にとっては、城の外に出られる貴重なチャンスでした。
将軍の正室・側室からの寄進と言っても、お寺が当人に直接アタックした結果ではありません。彼女たちには、たくさんの奥女中が取り巻いていましたが、そのうち誰か一人とでも接点を持ち、信任を得ることができれば、お寺としては大成功です。その奥女中を窓口に、主人である正(側)室・姫君が帰依してもらえれば、葵の紋所入り品の寄進というレールが引かれるわけなのです。
大奥の中で、そのお寺が話題になれば、どんどん口コミで知名度が上がります。大奥で話題になると、御殿の中奥・表向と、幕府官僚の詰所にその情報が広がっていきます。
本丸御殿とは、政府の中枢機能が集中している首相官邸と官庁街が一緒になったような空間です。そこで話題になれば、江戸全体に広がっていきます。江戸には諸大名の屋敷がありますから、そのスピードは現代とは比較になりませんが、全国に伝わっていくことにもなるでしょう。御殿特に大奥の話題となると、みんな強い関心を示しましたが、その辺りの事情は現代も同じでしょう。
お寺の側も、寄進されたという事実は自分のブランド価値を上げるものですから、積極的にこの情報を流します。それを売りにしたのです。
この時代は、コミニュケーション・ツールは、基本的に口コミしかありません。瓦版など刷り物というメディアもありますが、イベントの集客は、口コミに頼るしかありませんでした。ですが、お祭りやご開帳などの様子を描いた錦絵を見ると、本当に賑わっていますし、リアルタイムで書かれた文献からも、その事実は確認できます。逆に言うと、口コミだけでも、それだけの集客力があるということなのでしょう。口コミで、お寺は知名度を上げていったのです。