2007年6月 5日

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最近、テレビや映画などで大奥は大人気です。江戸城の奥深い謎の空間では、将軍様のご寵愛をめぐって、女性たちの熾烈な戦いが繰り広げられていました。

大奥のドラマを見ていると、必ず登場するのが、お坊さんです。それも、かなり重要な役回りを演じていることが多いのではないでしょうか。

大奥の女性と言うと、誰を思い浮かべるでしょう?犬を大切にした5代将軍綱吉の母・桂昌院は、テレビにも良く登場します。

絵島生島事件という大奥の大スキャンダルとして知られる事件がありました。正徳4年(1714)に起きた事件です。大奥の実力者絵島が芝の増上寺に参詣した帰りに歌舞伎を見て、人気役者生島新五郎と密通したと言うのです。この事件の背景には、6代将軍家宣の正室天英院派と、側室で時の7代将軍家継の母である月光院派(絵島は月光院派の中心人物)の争いがあったと言いますが、2人とも○○院という名前でした。

将軍が死去すると、正室(御台所)や側室たちは落飾して仏門に入ります。桂昌院は3代将軍家光の側室ですが、家光が死去したため、桂昌院と名乗りました。天英院と月光院は6代将軍家宣が死去したため、天英院、月光院と名乗ったわけです。落飾に係わるのはお坊さんですし、院号を授与するのも役目でした。

正室・側室に限らず、大奥に勤める奥女中たちの日々の生活には、仏教が深く係わっていました。大奥と言うと、なかなか外には出られないイメージが強いのですが、実際は何かと理由を付けて、お寺参りをしていました。お寺参りとなると、城の外に出やすくなったようです。

将軍が病気になると、その平癒のため。正室や側室が懐妊すれば、その安産祈願のため。あるいは、将軍の武運長久、天下泰平など、様々な理由を付けて、奥女中たちはお寺にやって来ました。

お坊さんの側も、奥女中たちが参詣するのを大いに歓迎しました。参詣してもらうと、いろいろなメリットがあったのです。今回は、大奥とお坊さんの深い関係をいろいろみていきます。

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江戸時代、お寺参りは町人たちのレジャーでした。当時世界一の人口規模を誇った観光都市江戸では、お寺がありとあらゆる工夫を凝らし、現代の広告代理店さながらの参詣客の争奪戦が繰り広げられておりました。江戸研究家の安藤優一郎が語る、お寺にまつわる江戸の人間模様。
→ブログに登場する江戸名所の地図
安藤 優一郎 / 文
1965(昭和40)年千葉県生まれ。歴史家。江戸時代を専門とする。文学博士(早稲田大学)。NHK文化センターなどで生涯学習講座の講師を勤める。著書『徳川将軍家の演出力』『観光都市江戸の誕生』(新潮新書)では寺社の経営戦略を、新刊『江戸城・大奥の秘密』(文春新書)では、大奥とお寺の深いつながりを明らかにした。
→著者公式サイト
→著者ブログ「江戸探訪記」
→著者ブログ「大江戸グルメ日記」
加藤 円正 / イラスト
昭和51年愛媛県生まれ。人口100人ほどの瀬戸内に浮かぶ島にある、お寺の住職。イラストレーション、板目木版を中心に絵を描く。妖怪と時代劇とロックンロールを好む。2005年『怪』(角川書店)「第二回怪大賞」にて京極夏彦氏より妖怪版画で京極賞を受賞。
→イラストレーター公式サイト