2010年7月 8日
天野こうゆうさん
高蔵寺客殿にて。天野こうゆうさん
おそらく世界初(!?)の法話バラエティラジオ番組『拝、ボーズ!!』のパーソナリティとして知られる天野こうゆうさんを、倉敷の高蔵寺にお訪ねしました。天野こうゆうさんは、高野山真言宗の本山布教師として、法話を軸としたさまざまな活動をされているお坊さん。『拝、ボーズ!!』をはじめとしたラジオ・テレビ番組への出演、「見る法話」として発表される絵『ほほえみほとけ』、そしてフォークソングシンガー小林啓子さんの歌と法話のコラボレーション『うたかたり』など、日々活躍の幅を広げていらっしゃいます。実は、今回のインタビューは「天野さんのインタビューを『坊主めくり』で読みたい」というリクエストをいただいて実現したもの。よいご縁をくださった方に、ここで感謝したいと思います。ありがとうございました!

欽ちゃん大好き!やんちゃ坊主

――よくご自身のことを「やんちゃだった」とおっしゃいますよね。

 やんちゃと言っても、『金八先生』や『ビーバップハイスクール』に出てくるような子ではなくて「小悪党」ですよ。いじめられっ子たちを集めて「守ってやるから言うことを聞け」と小さな「野生の王国」を作るようなね。その頃、僕が好きだったのは萩本欽一さん。子どもからお年寄りまでみんなを笑わせるけれども、けっこうキツイことを言ったりもする。かっこいいなぁ、この人はすごいなぁと思って「欽ちゃんに会いたい!」という一心で、『欽ちゃんの仮装大賞』という番組に応募したんです。

 


ほほえみほとけ

焼きもので作られた「ほほえみほとけ」
 オーディションに受かって東京に行ったときは、もう「欽ちゃんに弟子入りするぞ」と腹を決めていましたね。でも、「なぜ君は私につきたいんだ?」と聞かれて、「僕はみんなを笑わせたい、喜ばせたい」と答えたら、「君は親や、周りの人を喜ばせているのか? それができていないんだったら、ダメダメ!」とスパッとキレイに断られました。やんちゃでしたから、父母が喜んでいる姿も何もなかったわけです。「わかりました」とあきらめて帰りました。

――高野山へは高校から上られたんですか?

 毎日、欽ちゃんの番組に出るためにわーっとやっていたら、ある日先生が親を呼んで「今の成績では進学は難しいから、職業訓練校に行くか就職するしかない」とおっしゃって。僕としては「じゃあ働きます」みたいな感じだったんですけど、親はそれを許さない。すると、先代住職だった祖父が鶴の一声で「高野山高校へ行きなさい」と決めたんです。それから、一念発起して勉強して、無事入学することができました。


超バンカラな高野山高校へ

――将来はお寺を継ぐことは前提だったんですか?

 ないない。野球部に入って、高野山でもガキ大将みたいになって、卒業後は就職しようと思っていました。高野山高校ってね、おとなしいお坊さんの子ばかりだろうとタカをくくっていたら全然違っていたんです。ビックリするくらい悪い子が三分の一、スポーツ特待生が三分の一、何も知らずに来たお寺の子が三分の一。そこで共同生活ですから、すさまじかったですよ。高野山でケンカしても、パンチが全く当たりませんでしたから(笑)。当時は、超がつくほどバンカラな学校だったんです。

 高校時代は、音楽や映画に触れられないし、そういう意味では非常に抑圧された生活だったので、大学を卒業したらアメリカへ行くつもりでした。映画『アメリカングラフィティ』がすごく好きでしたし、アメリカ映画を見るチャンスがあれば、セリフ、音楽、背景に映る家具や食器まで忘れないほど真剣に、夢中で見ていましたね。

 そんなときに、ロスアンゼルス別院に行っておられた先生に出会って、「お坊さんになんかなるもんか」と思い始めた僕に、「ええぞー。ロスでは髪の毛伸ばして、毎日エディ・マーフィの映画見ながら笑ってられるんや」と言うわけです。「いけるいける、日系の人もまだいるし」と。幸いなことに、英語がさっぱりできなくて落とされましたけどね。

暗夜行路のようにお坊さんへの道を歩いて

――じゃあ、いつの段階で「お坊さんになろう」と思われたんですか?

 それはね、暗夜行路ではないけれど、目隠しをされて竹の棒の上をロープを持って歩いていたような感じですよ。「あれっ?」と思うと落ちそうになるんだけど、ロープを持っているから大丈夫という。とはいえ、「しないといけない」「修行して当然」という空気のなかに育てられているからという側面もあるんですけどね。

 


ほほえみほとけ作品

「ほほえみほとけ」作品。どことなくこうゆうさんの面影がある
 今思えば「もっとあの時に深いことを学んでおけばよかった」「もっと相談すればよかった」ということがごまんとあります。でも、そのときはなりふり構わずですよね。ときどき目隠しを外されて「もう、あっちへ行くぞ」と気が迷うときがあると、目の前にロスから帰って来た和尚さんをはじめ、諸先輩方がかっこいいんですよ。「お大師さんを侮辱された」と泣きながら一晩中お酒を飲む人とか、高野山にしかいない不器用すぎるくらいに不器用で、ものすごく一色な人たちもいらっしゃって。「ああ、やっぱりかっこいい。やめないでもうちょっとついていこう」と思って、それがズルズルと。

――そのかっこよさは『アメリカングラフィティ』にも勝っちゃう?

 そうそう。「お前が今持っている、絵や音楽の着眼点は、お大師様の目をいただいているからや」と言われたりもしてね。ある時までは、お大師さんという"メガネ"をかけるという「特技」を身につけて生きていこうと思っていました。だから、髪の毛を伸ばして、ちょっとええかっこうをして夜の町を闊歩して、拝むときにはきちっと拝む。「あんた和尚さんやったの?」と驚かれたかった(笑)。でも、それくらいのことはすでに他の和尚さんもやっているんじゃないかと思って、「それなら頭もキレイに剃ってきちんとやろう」とかね。でも、結局はどこまで走って行ってもお大師様という手のひらの上にいるお猿さん状態だと気がついたんです。むしろ、かけたり外したりしていたのは俗のほうだったんですよ。

――すでに、俗の側にはいないご自身に気がつかれたんですね。

 そう。もう、無限の大きな風呂敷に包まれてしまっているから、どこまで行ってもお大師様の上にいるんですよね。

これからの和尚さんは「必殺技」が必要!?

――ご住職になられたのはいつですか?

 先代住職の遷化を受けて、27歳で晋山しました。そのときに、近所の和尚さんに「これからの和尚さんは必殺技を持っとかんとあかん」と言われてね。真言宗の場合、必殺技と言えば、ご詠歌、法式、そして布教師。近くのお寺には、ご詠歌と法式のエキスパートの和尚さんがおられたので、ちょうど法話のポジションが空いていたんです。

 


高蔵寺の寺報にもこうゆうさんの挿し絵が

高蔵寺の寺報にもこうゆうさんの挿し絵がある
 布教師は、免状を取るまでに10年はかかるという狭き門。春と秋に本部講習があって、2週間ずつ高野山に上って徹底的にお話と受戒作法を教え込まれます。毎日、朝6時からお勤めがあって、夜11時ごろまで掃除とごはん以外はずーっとしゃべりますから、それぞれにプライドとスタイルが完全にできあがるんですね。また、そこで出会った師匠がまたステキな方でね。

 その方は「かんたんなことでええよ。日常のなかでふっと思ったことをお話してさしあげたら、そこに仏さんの華が咲くから」とおっしゃって。「人が死ぬ、病気になるという非日常の話はいらない。お母さんにお風呂入れてもらったとかそんな身近な話から広げなさい」と。その先生のお話はね、三日間まったく同じ話を聴いても、毎回みんな涙が出るんですよ。

――同じ話をされているのに、ですか。

 そう、まったく同じ表現方法でね。「これが講演や弁論とは違う、お説法というものです。あなたは、般若心経はもう飽きたからもうやめるとは言わないでしょう? 私の法話はお経と同じです」とおっしゃって。これはただごとではないと思いましたね。

――法話では、仏教の教えをこめて日常のお話をされるということですか?

 そうです。ただ、お大師様はすべてのことを網羅してくださっているから、どこから話しても「あの言葉もこの言葉も使える」ということになるんですよ。だから、真言宗の法話は、僕らがおこがましくも仏さまを見つけるのではなく、仏さまに気づいていただくための方便なんです。気づかせる立場の布教師が、自身のなかにある仏さまに気づかずに話していてはいけないよと教えてくれたのが、布教師の先生方だったと思います。

 たとえば、般若心経を暗記する、学ぶと言うと師匠は怒るんです。「般若心経は生まれたときからわかっているはず、仏の子なんだから。生まれてきたどさくさで忘れているだけだから、一字一句詰まるはずがない」と。即身成仏というのは、極論で言うとそういうことなんですね。(つづきはこちら


プロフィール

天野高雄/あまのこうゆう
ようまいり.com
昭和43年6月7日生まれ。15歳の時、高野山に入る。祖父の後を継ぎ、平成7年3月に高蔵寺晋山。住職を勤めながら、近県を中心に布教活動を展開。寺院だけではなく、団体、学校、企業などでも講演を精力的に展開。自坊では寺報を制作配付、「明るく、わかりやすく...」をモットーにウェブサイトや法話会、各種行事を季節ごとに開催、特に月2回の子供を中心ごとした寺子屋を開校し、注目を集めている。また、画家として仏画を制作。毎年各地で個展を開催し、目で見る法話として喜ばれている。平成13年よりラジオのパーソナリティーとして、新しい法話の可能性を示し、ギャラクシー賞を受賞した。高蔵寺伽藍復興の為、根本道場再現の為、法を説くことに全力を注ぐ。

医王山 持明院 高蔵寺(いおうざん じみょういん こうぞうじ)
http://www.kozoji.jp/
承応3年(1654)開山。開祖は海誉上人。本堂「瑠璃光殿」の中に安置されている本尊は、秘仏とされている薬師如来。本堂中心には護摩壇があり、黒く煤けた堂内は信仰の歴史を物語っている。客殿「施薬殿」は平成十七年に完成。法隆寺宮建築の伝統を継ぐ小川三夫棟梁が手がけた。堂は持仏として大日如来、不動明王、弘法大師が祀られる。施薬殿は、主に法話会、寺子屋、勉強会、法事などに使用される。


天野こうゆうさんの活動

拝、ボーズ!!
http://www.haibozu.com/
FMくらしき(82.8MHz、倉敷エリアのみ)で毎週金曜日11:30~12:00(再放送火曜日19:00~)に放送している『法話バラエティ番組』。法事についてのあれこれ、身にしみる仏さまの話、お坊さんの素顔などなどをわかりやすく親しみやすく紹介。ポッドキャストでも配信している。パーソナリティは、、天野こうゆうさん、桂米裕さん。ギャラクシー賞受賞。

うたかたり
http://www.utakatari.com/
天野こうゆうさんが、フォークシンガー・小林啓子さんとともに、歌とお話で仏教説話をわかりやすく説き、今を生きる人への「心のみちしるべ」を示す新感覚ライブイベント。寺院のみならず、カフェやギャラリー、ライブハウスなどでも精力的に活動する。つい先日、『うたかたり』から生まれたオリジナル法話フォークソングをCDとして発売。

こうぞうじ寺子屋
小学生を対象に、毎月第2、4土曜日朝7時から開く寺子屋。読経、境内の掃除、坐禅、天野こうゆうさんの法話などを行う。会費や入会料等は無料、入退校は自由。

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杉本恭子
大阪生まれ。水瓶座、B型。東京で5年間を過ごし「東京は山が見えない」と学生時代を過ごした盆地・京都に戻る。大学寮で「寮を開く」という名目でカフェ・イベントを開催していた経験からお寺の動きに興味を持つ。現在は、京都をテーマにした雑誌などで取材・執筆を行うライター。ご連絡・お仕事依頼はこちらまで。 (プロフィール写真撮影:近藤宏樹)
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