2009年5月27日

退蔵院松山大耕さん
松山大耕さんは、20歳になるまで「お寺を継ぐのは絶対に嫌」と思っていたそうだ。でも、いったん「お寺を継ぐ」と決めると、3年半の厳しい修行に打ち込み、修行後は600キロを托鉢しながら京都まで歩いてしまった。今は、大本山妙心寺山内の塔頭の副住職として求められる"役割"を、とらわれることのない自由な発想で捉えながらアイディアを実行に移している。穏やかで明るいお人柄に秘められた、力強い人生の歩みについてすべてお話いただきました(全二回)。

少年時代はやんちゃな"若年寄"

妙心寺梵鐘少年時代は境内が遊び場で、塔頭の子供仲間や小学校の友達とお寺の中で野球をしたり、梵鐘を勝手に鳴らして「梵鐘ダッシュ」をして怒られたりしてましたね(笑)。今は境内で遊ぶ子は見かけなくなりましたけど、野球とかしたらいいと思うんですけどね。「梵鐘ダッシュ」なんかしたら、もちろん怒りに行きますけど(笑)。当時好きだったのは、「水戸黄門」「遠山の金さん」とかひたすら時代劇。「北斗の拳」や「星闘士星矢」なんて一回も見たことなくて、"若年寄"って呼ばれてました。

中学、高校は、カトリック系の学校に入ったんです。家から近かったからという理由もありますが、多感な時期に他宗教を知るということも大事だということで。宗教の時間がすごい好きでしたね。神父さんが、たとえば「神を証明してくれ」とか、多感な我々の無茶な質問にちゃんと答えてくれるんですよ(笑)。でも、キリスト教も仏教も、アプローチの違いだけで結局は何が大事かということは一緒やなという印象でしたね。部活は、中学校のときにバレーボールをしていました。これが思いっきり体育会系の部活で死ぬほどきつかったんです。中学の部活に比べると、大学受験や修行は自分のなかでは楽勝というほどでしたね(笑)。

レールの上を歩く人生に反発を感じて

両親からはっきりと言われてはいませんでしたが、周囲の人から跡継ぎとして望まれていることは小さい頃から感じていました。でも、私自身は「絶対にやったるもんか」と思っていましたね。レールを引かれた人生には自分の存在意義がないと思ってましたし、いくら努力してもそこじゃないかと思われることも、自分がそれに甘んじることも嫌だったんです。ですから、中学、高校で進学校に進んだことに対して「跡継ぎやのに何でそんなに勉強するの?」というような言われ方をすることが一番嫌でした。

大学を受験するときは、本当は京都大学に行きたかったんです。でも、うちの和尚が東京の大学に学んだこともあって「京都で大学に行ったら一生京都のままだから井の中の蛙になる。東京に行くなら学費を出してやる」と言われまして。ほんまにしぶしぶ東京大学を選んだんです。だから、京大のキャンパスにはいまだに若干憧れるところがありますね(笑)。

想定外!? 東京で"小僧生活"

退蔵院から門をのぞむ東京では、学生生活の最初の2年間を広尾の光林寺というお寺に住まいながら修行をさせてもらいました。最初は「東京に行かせてもらうし親の言うことも聞いておこうか」と、下宿するくらいの気持ちで行ったら小僧生活が待っていてえらいことやった(笑)。毎朝6時に起きて門を開けて、お経を読んで、掃除して、雑巾掛けをして、お風呂洗って、ごはん食べてお茶碗を洗って学校へ行く。そんな生活でした。門限もあったので遊べなかったんですけども、バレないように夜抜け出して飲み会へ行ったりもしていました(笑)。

大学3年生になって周囲が就職活動をし始めると、私はそれにすごい違和感を感じましてね。結局、それは「私がやらなくてもいい」と思ったんですね。周りにいる優秀な人たちががんばれば世の中はうまく回っていくけれども、私はお寺の長男で、自分がそのポジションにつくことを望んでくださっているみなさんがいる。世の中には、望まれてなれる職業っていうのは本当にないですし、非常に光栄でやりがいがあると思うようになったんですね。

"MAKE"から"GROW"に発想を転換

退蔵院余香苑お寺を継ごうと決心した特別なきっかけはありませんが、一つには3年生のときに経済学部から農学部へ転部したことが影響したのかもしれません。農学というのはものすごく応用力のある学問なんです。イメージで言うと、工学部や法学部、経済学部が"MAKE"だとすると、農学部は"GROW"なんですね。それまで持っていた「誰々になりたい」「自分をどういう対象にしたい」という考え方ではなくて、自分の発想次第でどうにでもなるから、自分でいろいろ育てていけば最終的に目標とするものになるんじゃないかなという印象はありましたね。お寺の住職という立場を生かしながら、何か社会に貢献できること、自分にしかなり得ないものが大いにあるなあと思ったんです。

跡を継ぐと決めたことを知って喜んでくれる檀家さんもいましたけれども、逆に「せっかく東大まで行ったのにもったいないなぁ」という人も多かったですね。そういうところまで行ったからこそ、戻ってくるのに価値があると思うんですけどね。

「石の上にも三年」の修行

taizoin_03.jpg大学院を出てからすぐに、埼玉県新座市にある平林寺というお寺で修行を始めました。毎日朝3時に起きて坐禅や作務をして眠るのは0時頃になります。もちろん睡眠不足ですから、坐禅のときはキョーレツに眠くてもうガン寝ですよ(笑)。でも、警策(棒)がボコボコ折れるほどフルスイングで叩かれて、起きてまた眠くなっての繰り返しです。

寝ないための工夫として、昔楽しかったことを思い出してみたり、頭のなかで歌を歌ったりしていましたね。それこそ煩悩だらけです(笑)。「心を無にせよ」と言いますが、1年目なんて1年中座っていても無になれたのは、トータルで1時間くらいやと思います。ひたすらに、寝ないようにしようということだけ心がけるのが修行1年目でした。

それが2年目になると、歌おうとしてもサビの部分しかわからなくなりますし、思い出も「これはこないだも思い出したなぁ」と思うようになってきて、3年目には歌のサビすらあやうくなって、思い出も全部思い出したことばっかり。「自分の人生ってこんなに薄っぺらかったんか」と(笑)。そのぐらいでやっと「もうええわ」と、だんだん無に近くなっていくんです。

まずは、全部出さないとだめなんですよ。我々の修行では、積み上げてきたものを全部崩すのが修行やと言われるんですけども、まずは全部いらんものを出し尽くすということから始まるんですね。「石の上にも三年」とはよく言ったもので、修行も3年は続けないと意味がないと思います。(つづきはこちら


プロフィール

松山大耕さん/まつやま だいこう

1978年生まれ。東京大学大学院農学生命科学研究科修了。1990年、11歳のときに得度。大学在学中は光林寺にて2年間の小僧生活を送りながら大学に通い、卒業後は埼玉県新座市にある平林寺にて3年半の修行生活を送った後、中山道を600キロ徒歩で托鉢をしながら京都へ戻る。2006年より退蔵院副住職に就任すると同時に、外国人に禅体験を紹介するツアーなどを企画するなど、新しい試みに取り組まれている。外国人への禅指導は通訳を介さずに松山さん自ら英語で行われている。日本文化の発信・交流が高く評価され、2009年5月、政府観光庁YokosoJapan大使に任命される。

退蔵院

退蔵院地図臨済宗妙心寺派 大本山妙心寺の塔頭寺院。1404年に建立された、妙心寺山内にある46の塔頭寺院のなかでも屈指の古刹。狩野元信が作庭したとい絵画的な優美さの庭園『元信の庭』、国宝『瓢鮎図』などを有している。昭和の名園として名高い広大な『余香苑』は、水琴窟や鹿威しなども配されており、四季折々の表情を楽しみながらゆっくりと時を過ごすことができる。境内ではお抹茶とお菓子の接待(500円)も受けられる。


京都市右京区花園妙心寺町35
075-463-2855
拝観時間:9時~5時、無休
通常拝観料:大人500円、小人(小・中学生)300円、幼児無料
特別拝観料:700円(一般公開部分、非公開『元信の庭』『囲いの席』含む)
http://www.taizoin.com/

京都市バス26番(京都駅発)、京都市バス8番(四条烏丸発)、10番(京阪三条発)妙心寺北門下車 徒歩5分
京都市バス91番(四条烏丸発)、93番(錦林車庫発)、京都バス61、62、65番(三条京阪発) 妙心寺前 下車 徒歩5分
JR嵯峨野線 花園駅下車 徒歩8分
京福電鉄北野線 妙心寺駅下車 徒歩10分

退蔵院 座禅指導

30~250名 要予約 1名 1000円(学生800円、30名以上の中高生は1名600円) 午前8時~午後9時まで

※妙心寺では個人で参加できる坐禅会、法話のつどいなども催されている。また、東京の『東京禅センター』でも坐禅会や『ZEN CAFE』などの坐禅体験のできるイベントが開催されている。詳しくは下記ウェブサイトにて。

妙心寺 行事案内 http://www.myoshinji.or.jp/event/index.html
臨済宗妙心寺派 東京禅センター http://www.myoshin-zen-c.jp/


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杉本恭子
大阪生まれ。水瓶座、B型。東京で5年間を過ごし「東京は山が見えない」と学生時代を過ごした盆地・京都に戻る。大学寮で「寮を開く」という名目でカフェ・イベントを開催していた経験からお寺の動きに興味を持つ。現在は、京都をテーマにした雑誌などで取材・執筆を行うライター。ご連絡・お仕事依頼はこちらまで。 (プロフィール写真撮影:近藤宏樹)
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