2009年3月15日

 9・11同時多発テロが起こった後は、警察、FBI、軍隊の人たちがニューヨーク市内のいたるところで警備にあたるようになり、テロから2週目に入ると、これ以上のテロは起こらないという空気が漂うようになりました。仕事に戻り、平常のように働くように市長もテレビ・ラジオなどを通して呼びかけていました。

 ニューヨークの人々の間では、自分たちの住むニューヨークを立て直していこうとお互い励ましながら、復興に向けて動き出していました。一人一人が自分のできることをやっていく、声をかけあい、手を取り合い、不安な要素がある中で、このコミュニティのために何かしていこうという前向きな行動を心強く思いました。

 日常生活においても、人々はお互いに声を掛け合う姿をよく目にしました。以前のニューヨークはそれほど人にかまわないのが普通でしたが、ニューヨーク市民全体がお互いに協力してこの惨事を乗り切って行こうという気運が高まっていました。 私自身は多くのインターフェイス集会で出遇う人々や近所に住む人たちを通して、いつの間にかその中の一員になっていることを実感しました。

 私が実際に、グランド・ゼロに入ったのは3週間後でありました。一般の人たちは入ることが許されていなかったので、誰でもすぐ行ける場所ではなく、隔離されていたのです。

 私の場合、ニューヨーク仏教連盟から何人か、グランド・ゼロで宗教カウンセラー(チャプレン)としてボランティアをしようということで、レッドクロス(赤十字)を通して、週に数日ボランティアをすることになったのです。

 犠牲者の家族、消防隊の人々、警察の人々、ワーカーの人たち、ボランティアの人たちの話を聞いたり、元気づけたりするのです。ただ仏教徒だけということではなく、宗教は関係なく話を聞きます。もちろんプライバシーは厳守、当時はメディア関係の人たちに中の状況を聞かれたとしても、答えてはいけないと注意されていました。

 ボランティアをする中に、お互いに手を取り合いながら頑張っている人たちがいるんだということに励まされ、そして自分も何か貢献できることがあることをうれしく思いました。私自身、それまでは日本からアメリカに来て住んでいる日本人という意識であり、決してアメリカ人社会の一員という感じはありませんでした。そんな私の中で、ニュ−ヨーク市民の一員という意識が生まれてきました。この時、私は本当にニューヨークの地に足がついたと感じたのです。名実ともにニューヨーカーになったのでした。

 時が経つに連れて、このような助け合いの精神は薄れてしまい、最近ではもとのニューヨークに戻ってしまったようです。私の中では何かニューヨ−カーとしてやりたいという面が残っています。私だけでなく、9・11テロ事件を経験した人々は同じ心を持っていると思っています。後ほどお話ししますが、毎年9月11日に主催しているWTC追悼の灯ろう流しも私の中ではニューヨーク市民の一員として行っている行事なのです。

−TK拝

2009年4月25日

 2002年の今頃でしたか、ニューヨークにビレッジ・ボイスという新聞がありますが、そこに記事を書いていたエリック・バードという人からにインタビューをしたいという電話がありました。実は、この一本の電話が想像もしなかった展開をしていくこととなるのです。

 水に関する様々な宗教的行事について書いているということで、仏教で水に関係のある行事について私にインタビューをしたいということでした。

 彼は日本語もよくできて、そのため日本の文化などにも興味をもっていました。お盆のことも知っており、「灯籠流し」について話しをしてほしいということでした。

 ご承知のように、お盆には様々な行事が行われますが、灯籠流しもその中の一つです。お盆の最後の締めくくりに、水を静かに火を点された灯籠が流れて行く、お盆の間に浄土より還ってこられた先祖たちを見送っていくのです。

 もともとお盆の行事ですが、広島では8月6日の原爆記念日の夕方に流されます。故人を追悼しながら、平和の願いの灯籠流しが行われているのです。

 このようにお盆の意味なども取り混ぜながらインタビューに答えました。最後に「マンハッタンで灯籠流しすることを考えているか」と聞かれました。「できれば面白いですね」と答えました。すると「灯籠流しをもし行うならば、お盆の時ですか」と聞かれ、「そうですね」と返事をした時に、ふと頭に浮かんだことがありました。

 ちょうど、9・11同時多発テロの犠牲者の初盆にあたるが何か意味のある行事にしたいと考えていた時でしたので、「もしもの話しだけど、テロ犠牲者の初盆法要をしようとおもっているのだけど、その時にハドソン川で灯籠流しができたらいいだろうね」と頭に浮かんだそのままを付け加えたのです。

 エリックさんも急に乗り気になってきて、「もし本当にするなら,私はカヤックをしているので必要なら手伝えるから連絡してくれれば、是非とも協力したい」と言ってくれ、連絡先もくれました。

 「差し支えなければ、ニューヨーク本願寺は7月の初盆行事で灯籠流しをすることを考えている」と書いてもいいかと聞いて来たのです。私としては頭に浮かんだことを言ったまでのことでしたので、そこまで言うのはどうかなあと戸惑いました。

 もちろん「する」とはっきり言っていないので「考えている」ということであればウソというわけでもない。「じゃあ、それでいいよ」と答え、やがて5月に入り、記事が新聞に掲載されたのです。
(次回に続く)

2009年4月26日

 2002年の5月のビレッジ・ボイスに載った「水と宗教」の記事をたまたま読んだ寺田さんという人から電話がかかってきました。「NYでボランティア」という新しい日本人のボランディアのグループを始めて、何かボランティアできることを探しているとのことで、もし灯籠流しをするなら是非とも参加・協力したという趣旨でした。その場合、二十代、三十代の若者を50人ぐらい集められるということでした。

 このような電話がかかってくることは全く予想もしていないことでしたが、それだけの人数が集まるなら、ニューヨークで灯籠流しをすることも可能かもしれないと思い始めました。

 寺田さんにはまた後でもう少し話しが具来的になった時点で電話をするということで、一旦電話を切り、すぐにインタビューをしてくれたエリックに連絡をとました。そして、以前、インタビューの時にカヤックのグループを集めることができると言ったが本当に可能か訊いてみました。それは大丈夫ということでした。また、必要なら品物などの寄付も集めるのも手伝うと言ってくれました。

 私自身は灯籠流しをシーブルック仏教会で行っていた夏のリトリートのプログラムの中で何度か行っておりました。そのとき、木の台を浮かすより、発砲スチロールで浮かすと手軽にできることを経験していました。

 そのことをエリックに話すとハドソン川は波が高いので大きめの灯籠の台を作った方がいいだろうということで、発砲スチロールを50個ぐらい寄付してくれるところをあたってくれることになりました。

 インタビューされた時は灯籠流しをする可能性はゼロに近かったし、まあ無理だろうという感じだったのが、一転して、本当にできるのではないか、という気になりました。何か種が突然芽を出し、あれあれと言っている間にどんどん成長していったかんじです。

 とにかく一旦、まずエリックと会って、じっくり話すことにしました。その時に灯ろう流しのできる可能性のある場所を見に行くことにしました。彼がカヤックを行っていたダウンタウン・ボート・ハウスや、その方にある船着き場、バッテリー・パークなどを観に行きました。

 川がすぐことにあっても、大抵の場所は川と地上の高さの差が数メートルも違い、そこで流すことは難しい。そうすると船着き場になっていて灯籠を持って行ける場所でなければなりません。ですので、使える場所はあまりありませんでした。最終的に2カ所にしぼることとなりました。

 私は場所を使えるように許可をとる方法を調べ、灯籠流しで終わるような初盆の具体的な内容を練ることに専念し、エリックは発砲スチロールを探し、カヤックの人たちに声をかけて人集めをすることになりました。

 この調子でいけば、灯籠流しも実現できるだろうと思われたので、再びボランティアの寺田さんに電話をし、本格的に取り組む運びとなっていきました。私の方も当時のサンフランシスコ本部の渡辺総長や当時東部教区長の小杭師などにも連絡をし、7月16日にできればグランド・ゼロで初盆をし、灯籠流しをすることを伝え、その日にこちらに着て頂くように頼みました。

 一週間もしないうちに、エリックから、発砲スチロールを寄付してくれる会社が見つかったと連絡が入りました。早速、お寺に持ってきてくれるように頼みました。そして、今度は寺田さんも入れて灯籠をどのようにして作るかの会議をすることになりました。

(来週に続く)

2009年4月29日

(先週からの続き)
 まず少し訂正ですが、よく調べてみるとエリックの新聞記事「ホリー・ウォーター」が出たのが、6月4日でした。初盆は7月16日にすることにしていましたので、基本的に一ヶ月で灯籠流しをオーガナイズしたということです。

 とにかくも、灯籠流しの三者会談が始まりした。3人でいろいろな意見を交換しながら灯籠流しの準備が本格的に進み出したのです。

 この発砲スチロールは一辺の長さが40センチの正方形で、まん中に丸い穴が空いていました。こんなところに穴があると困ったなあと言いながらも、その穴を利用する方法はないかと考えました。結果、底に紙コップを反対にして差し込むと、ちょうどロウソクをその上に置けれることに気がつき、紙が燃えてはいけないのでアルミホイルでコップをカバーしました。

 木の長めの串を買って来て,コップに突き刺し、動かないように固定することを考えました。少し太めでお箸より少し長めの串をロウソクの周り4カ所にさし、メッセージが書かれた半紙で周りを包みました。最終的には固定するためにまん中に穴があいた屋根を作りました。

 まずは試作品を作り、試してみることにしました。喫茶店の中で電機を消してもらって、堂みえるかの実験をし、さらに、今度は実際にハドソン川のダウンタウン・ボートハウスに行き、灯籠を実際に川の水に浮かしてみました。思ったより安定して浮かびましたので基本的に成功です。

 こうしていろいろと工夫をしながら、初盆当日から3日前の7月13日に灯籠の台、52個の色塗り、紙コップを仕込んだり、上蓋を作ったりする下準備が寺田さんと現在の会長をしている日野さんが中心になってお寺で行われました。

DSCF0237.jpg 40人ほど集まった若者とお寺の会員の人たちが一緒に力を合せて、灯籠を作り上げていくのを見てうれしく思いました。細かいところまで気を利かせて本当にきっちりとやって頂きました。日頃アメリカ人の大雑把で、言わないとしない、というのとは対照的に感じました。

 この時は気がつきませんでしたが、水に浮かすので、台を水色に塗ったのですが、よく考えると夜は水も黒くなるのでした。2年目からは黒でいくことになりました。

(続く)

2009年4月30日

(昨日からの続き)
 灯籠の組み立ては何とかうまく進んでいましたが、私の方のパークの使用許可をもらうのが思ったより難航しました。

 第一候補の場所は以前、レスキューワーカーのために船が泊まっていたヨットハーバーでここからすぐ近くがグランドゼロになっていました。バッテリー・パーク・シティ公園管理委員会の許可をとろうと申込をしましたが、最終的に許可がおりませんでした。

 問題は、灯籠流しに火を使うので危険だということでした。日本では夏の風物詩になっている灯籠流しですが、アメリカ人にとっては全く知らない行事であるだけに、なかなか納得してもらえませんでした。ある意味でニューヨーク市内での灯籠流しは前例がないのですから危ないと言われても仕方ないことです。

 あと2週間ほどしかない中で、もう一つの候補場所であるエリックが通っているダウンタウン・ボードハウスを使えるように働きかけることになりました。ここの許可はハドソン・リバー公園管理局に申請しなければなりませんでした。

 もう後がないと言う感じでした。最終的には、ボランティア・グループの中でハドソン・リバー管理局の委員を知っているという人のお蔭で,7月10日に申込み、二日後の7月12日に許可をもらえたのでした。

 すべてがギリギリになりましたが、何とか許可も取り、ニューヨーク市内で行われる初めての灯籠流し実現の運びとなったのです。この灯籠流しは今も続いていて、最初の2年は初盆の時期でしたが、3年目から9月11日に変更して、場所もハドソン・リバー公園管理局の建物、ピア40の南に移して行っています。

 何故、9月11日に変えたかというと、広島で原爆の記念日に灯籠流しがなされるのであれば、ニューヨークでは9月11日にするべきであろうと思ったからです。近年ではハドソン・リバー管理局の人も好意的でむこうから書類などもほとんど記入したものを送ってくれます。

 ニューヨーク本願寺が主催となり、NYdeボランテイアとカヤックの協力を得て灯籠流しを行っているのです。全く関係のなかった三つの団体が協力し合いながら可能になった灯籠流しです。

 どの団体もその団体一つでは決してできなかったことが、たまたまのご縁で出来上がった灯籠流しです。今考えても本当に不思議なご縁だと思うのです。日本語の「ありがとう」という感謝の言葉は、「有ることが難しい」というところから来ておりますが、まさにこんなことがよくあったものだと思うのです。まさに、有ること難し、のハドソン川での9・11追悼灯籠流しです。

 --TK拝

DSC_0644.jpg

0826_Lantern_20070911.jpg(近年のハドソン川での灯籠流しの様子です)

2009年5月 1日

2002年7月16日にグランド・ゼロで初盆の法要を催すに当たって、締めくくりに灯籠流しが行われたのでした。 初盆とは昨年のお盆から今年のお盆にかけて亡くなられた方の尊い生命いのちを敬い、追悼する法要です。その当時の内容を記しておきます。

『グランド・ゼロ メモリアル セレモニー』
ーテロ事件で亡くなられた方の、初盆追悼式と灯籠流しー

●場所:グランド・ゼロ(世界貿易センター跡)
●日時:2002年7月16日(火)夕方

主な中継地点は以下の通りです。
●午後5時30分 セント・ポール教会(Broadway and Fulton St.) を出発。
グランド・ゼロ周辺を歩行、黙祷
      
●午後6時30分 グランド・ゼロ(Liberty St. and Greenwich St.)で読経。

●午後7時 Liberty St. and Greenwich St. を出発。Greenwich St.を南へ。
バッテリー公園(世界貿易センタ−前にあった彫刻が安置)へ歩行

●午後7時30分〜8時30分 初盆サンセット・セレモニー
 ( Battery Park near the Castle Clinton に於いて)
 アジア各国の仏教僧侶による読経、献花、焼香、歌、僧太鼓による献曲
 ニューヨーク市長・日本総領事館からの挨拶など。
 灯籠にメッセージを書き、火を点し、Pier 26まで(徒歩約30分)歩行。

●午後9時 Downtown Boathouse, Pier 26に於いて、灯籠流し。
(Pier 26:地下鉄#1/2、Franklin 駅で下車。ハドソン川までN.Moore Streetを西に歩行。)

各々の詳しいところはまたあらためて写真などを入れながら、来週にでも書こうと思います。

2009年5月14日

 字を書くと言えば、毎年恒例になっている9月11日に行っている9・11同時多発テロ犠牲者追悼の灯籠流しには、一般市民の人たちもメッセージを書いてもらっています。最近は仏教的な数字の108にちなんで、108個の灯籠を流しています。それぞれの灯籠は4面ありますので、そこにメッセージを書いてもらいます。ですから、432人の人たちが灯籠にメッセージを書けるのです。

DSC_0463.jpg どのようなメッセージがあるのか何回かに分けて紹介してみたいと思います。まず、日本語で書かれたものを書き出すことにしました。同じ表現がなされているものは省略し、書いた人の名前が書いてありましたが、これも省略することにしました。

 以下は2002年の初めての灯籠流しの時に、書かれたものです。実際には,花の絵や平和のマークなどが多く書かれていました。最初の年は50個ほどの灯籠を作りました。一人ひとりがいろいろな思いで書かれたメッセージです。

平和

幸福

戦争反対

祈平和

平和を願う

たくさん「幸」

みんな なかよし

日はまた昇る

実相円満完全

夢はでかく ぜんぶでかく

静かにお眠りください。

<>ちゃん、安らかに、ありがとう

笑顔の絶えない平和な日々がおくれます様に

憎しみが消える日が来ますように。

争いのない平和な世の中になりますように

世の中が平和でいれることを一緒に見守って下さい

すべての人々が幸せに暮らせるように"♡"

命を助けて下さったレスキュー隊のお兄さん、どうぞ安らかに眠って下さい

2009年5月15日

 次に灯籠に英語で書かれたものを紹介しておきたいと思います。実は韓国語、アラビア語のような感じの文字で書かれたものもありましたが、私には読めませんので入っていません。( )の中に簡単な翻訳を書いておきました。同じ表現のものは日本語の方と同様、省略しておきました。

DSCF0238.jpgPeace(平和)

We love NY more than ever(今まで以上にニューヨークが好きです)

Together in the Pure Land(共に浄土で)

Pray for World Peace(世界平和を祈って)

I Love Peace(平和を愛します)

Namo Amida Butsu with Love and Gratitude(南無阿弥陀仏 慈愛と感謝をもって)

Om mami padme hum(オム・マニ・ペメ・フム)

Om Shanti Shanti Shanti(オーム・シャンティ、シャンティ、シャンティ)

God Bless You(神の恵みがありますように)

God, Love, Compassion, Joy, Peace(神、愛、慈悲、喜び、平和)

To All we lost; We will never forget you (我々が亡くしたすべての人へ;あなたを決して忘れません)

In Memory of the World Trade Center and all the people that were in it.(世界貿易センターとそこにいたすべてのひとたちを追慕しつつ)

<>, We love you forever.(--さん、私たちは永久にあなたを愛します。)

To: < > Everyone misses you.(--さん、皆、あなたがいなくて寂しく思っています)

I ♥ NY (アイ・ラヴ・NY)

Wheel of Life(人生の輪)

Peace Prevail with Mankind(人類と共に平和が普及しますように)

Hope Everybody in this world loves each other. NO MORE VICTIMS(この世界のみんながお互いを愛しく思うことを願います。これ以上の犠牲者をだすな)

May all the beings be peaceful and happy(すべての命あるものが平和で幸せでありますように)

Wishing World Peace & Love(世界の平和と愛を願って)

短い言葉の中に人々の心がこもっていますーTK拝

2009年6月 5日

今日は午後よりハドソンリバー・パーク・トラストのリサさんと会えるようにアポをとっていました。そろそろ9月11日に行っている9−11追悼灯ろう流しの準備をする時期になりましたので、まずは下見をしにきたのです。毎年、協力してもらっているインターフェス・センターのマットさんといっしょに行くことにしました。

ここ5年は毎年デービッドさんという方が灯ろう流しの予約、許可をとってくれていたのですが、今年からリサさんに代わったということで会うことにしたのです。これからまたお世話になることになりますので、まずは挨拶をしに行ってきました。

IMG_1879.jpg昨年はパークを工事していた関係で非常に使いにくかったのですが、今年はそのパークもすっかりきれいになり、場所に関しては何の問題もないということです。昨年はステージがまん中に行き過ぎた感じでしたので、今年はもう少し、海岸に近いところでステージを作るようにしてみようということになりました。

9・11同時多発テロの初盆法要をグランドゼロでしようというところから始まった灯籠流しですが、2002年からですから、今年が8回目の灯籠流しになります。思えば、最初の2年間はダウンタウン・ボートハウスで7月のお盆の時期に行っていましたが、2004年からこのピア40南の船着き場で行うようになりました。IMG_1878.jpg

最初の頃は灯籠流しというものを知らない人ばかりでしたので、許可を取るのが本当に難しかったのを覚えています。こちらにうつるようになってからは、許可もすぐに出してくれるし、カヤックの人たちもとても協力的です。

ここまで来たついでに、カヤックの方にも立ち寄ることにしました。リサさんもカヤックを仕切って頂いているランディさんに会ったことがないということでしたので、ちょうどいい機会だと思い、彼を訪ねることにしました。

IMG_1882.jpg店に行って見ると、中からランディさんが奥から微笑みながらこちらに向かって来ました。挨拶をしてから、9月のことについて少し話しましたが、彼らの準備はオ−ケ−だということでした。

当日の簡単な時間配分を話し、大まかにどのような感じになるかを彼らに話しました。ピア40に立つと不思議に「今年も灯籠流しをやるぞ」という気が出て来ます。何年続けれるかわかりませんが、できる限りは続けていくつもりです。

灯籠流しを中心にいろいろな人が集まり、協力してもらっています。また、協力し合って初めてできる灯ろう流しです。ニューヨーカーと日本人が協力し合っている姿はと尊いものです。

ーTK拝

2009年9月 2日

インターフェイス・センターのマットさんと朝食をとりながら、会議をしたのですが、その時の会話で、灯籠流しも人によっては面白い見方をされているのだと感じました。

イスラム教のイマン・タリブさんは、「インターフェイスの場でイスラム教代表者が招待されなかったならば、こじ開けてでも入っていくようにせねばならない時があるのだ」と言っていたそうです。それに対して、私の場合は、「仏教徒が招待されなかったのなら、自分からそれとは別にイベントを始めればいい」と企画されたものが灯籠流しだと感じたとマットさんは言います。

2001年にワシントン、ニューヨーク(ヤンキースタジアム)で開かれた9・11の追悼式に様々な宗教は招待されたが仏教者の代表者は誰もいなかったことは以前に述べました。彼の目には、9・11追悼の灯籠流しは、その追悼式に招待されなかった仏教徒たちが自分たちの手で、仏教徒のやり方で追悼を行ったものと理解したのでした。

そう言われてみれば、確かにそのように見えます。私の心の中でもどこかで、そのような思いがあったのかも知れません。

お経を称える声が聞こえ、お線香が焚かれ、灯籠流しという伝統行事を通して、追悼をしているという気持ちになります。アメリカの追悼式を見ていても何か足りないという感じがするものです。

アメリカ人は灯籠流しのイベントに参加してどう感じるのだろうか。しっくり来ない部分もあるのだろうと思います。それでも、灯籠流しに参加したアメリカ人たちから聞くコメントは、とてもポジティブなものが多いのです。「美しいセレモニーであった」「政治的なものはなく、一般の市民も参加できる有意義なイベントだった」「このようなイベントを企画してくれて有難う」等です。

このような声に励まされて、「やはり今年もやろう!」という気になるのです。感謝されることは本当に嬉しいものです。

もう9月に入ってしまいました。もしこのコラムをお読みの方であなたのメッセージを灯籠に書いてほしいようであれば、お知らせ下さい。今週末はカナダのトロントで仏教徒大会があり、そこでもメッセージを集めてこようと思っています。

--TK拝

9-11Floating.flyer09.jpg

米国ニューヨーク、マンハッタンのアッパーウェスト地区にニューヨーク本願寺があることをご存じですか?浄土真宗本願寺派からアメリカに派遣されて20年、ニューヨーク本願寺・住職の中垣顕實さんは、9.11同時多発テロ現地で経験。現在、ハドソン川での追悼灯篭流し法要など、平和を訴えるユニークな活動を展開中です。そんな中垣さんが、マンハッタンのお寺から日々の思いをつづります。
中垣顕實
1961年3月11日、大阪生まれ。B型。1985年に渡米、その後、シアトル別院勤務を経て、現在、浄土真宗本願寺派ニューヨーク別院住職。米国を代表する仏教者の一人として、その活動が注目されている。前ニューヨーク仏教連盟会長。著書に『ニューヨーク坊主、インドを歩く』(現代書館)
→ニューヨーク本願寺HP
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