2009年2月19日

 メディテーションの続きですが、3ヶ月に一度ぐらいの割合で、「初心者のための仏教の瞑想と教え」のクラスを開きます。これは2時間ほどのクラスですが、仏教の基本的な教え、縁起の考え方や智慧と慈悲の世界、また東洋と西洋の考え方の違いなどを話すと同時に、礼拝の仕方から、座り方、お経の読み方なども詳しく話すようにしています。

 もちろんそれとは他に「浄土真宗入門クラス」も開いています。仏教の基礎の上にたって、浄土教を理解することが大切であろうと思っています。私の基本的な考え方は、アメリカ人の人たちに仏教にご縁を結んで欲しいということです。宗派は自分にあったものを選べばいいと思います。ニューヨークには、日本の仏教だけでなく、他のアジアの仏教もあります。

 「○○宗でなければダメだ」というのは、おごりだと思っています。もちろん、このニューヨーク本願寺は浄土真宗のお寺ですので、浄土真宗がいいという人にはどんどんお寺に来てもらっています。興味があればくればいいし、なければ来なければいいだけです。歎異抄(第二条)で「念仏をとって信じるにしても、捨てにしてもあなた方が考え決めることです」と言われた親鸞聖人の言葉はいいですね。

IMG_3184.jpg 日本は宗派根性があまりに強くなり、いつの間にか、お釈迦さまより宗派の開祖が偉くなってしまっているようです。新興宗教の場合も教祖信仰になる場合が多いですが、そうなるともはや仏教とは言えないかも知れません。

 お釈迦さまは自分を拝めとは言われませんでした、真理の法を見よ、と言われました。宗祖と言われるような人は皆そうです。法然聖人や親鸞聖人も本願を信じよ、念仏を称えよ、と言われましたが、自分を拝めとは言われませんでした。

 メディテーションをする場合も私の中では、これを通して教えに触れてもらい、法縁を結んでもらいたい、ということなのです。本願の世界、念仏の世界は「浄土宗」とか「浄土真宗」という宗派の枠を超えた広大な世界です。こればダメあれはダメというようなセコいものじゃないはずです。

 「念仏の世界につながらないようなものは仏教じゃない」「すべては念仏におさまるんだ」というような少々無茶な感じもありますが、それでいいのではないかと思っています。「念仏成仏是真宗」という言葉もありますしね。

 だから、瞑想も念仏におさまってくると考えてもいいのでは思いますし、念仏の助業というように考えてもいいのだと思います。ある意味でニューヨークでやっていることは、念仏への入口を多く作る作業をしている感じがします。

 その意味で、私がメディテーションをする時は、その据わりに念仏があります。念仏を称える時は、大きな声で堂々と、身体全体で称えるような気持ちで称えてもらいます。本願の念仏ですから、自信をもって称えればいいんですね。頭で称えずに、腹で称えるということです。理屈ではなく、まずナモアミダブと何度も称えることから始まります。

 話しが行ったり来たりですが、もうひとつ、3ヶ月に一度ぐらいに念仏リトリートとして、より浄土教的な五念門行を中心にして、半日ぐらいのセッションをしています。

 五念門というのは礼拝門、讃嘆門、作願門、観察門、回向門という5つです。これについては、入出二門偈という親鸞聖人の書かれた書物を参考にしてやってみているメディテーション・セッションです。

 礼拝門は、身体を使って阿弥陀仏を拝むということで、セッションでは、五体投地を何度も行います。

 讃嘆門では、口に阿弥陀仏の名を称えるということですので、読経や念仏を行います。

 作願門では、一心に阿弥陀仏を念ずることですので、瞑想をして座ることから始めて、出る息に合せて心で念仏をし、吸い込む息に合せて心で念仏をするようにします。

 観察門では、仏・菩薩、浄土の世界を思い浮かべることですので、はじめはゆっくり無言で歩きます。次に念仏を称え、合掌して、仏さま導かれ浄土への道を歩んでいると思いながら歩きます。

 回向門では、功徳を他に振り分けて往生させようということですので、慈悲の瞑想を行い、自分の幸せから始まり、すべての幸せを願うメディテーションを行います。メディテーションの最後の締めくくりです。

 これらに加えて、経典の短い文を選び、その言葉を何度も繰り返し、何を顕わしているのかを知識、経験をといった自分の持っているものをすべて使って理解しようとしてもらい、その言葉の中に自分自身を見いだしてもらい、最後には一言で自分にとってこの言葉は何を語っているのかを話してもらいます。ちなみに、今週行ったリトリートでは、お釈迦さまの涅槃に関わる言葉である「自らを灯火とせよ。法を灯火とせよ」でした。

 また、食事も沈黙で、ゆっくりと一つ一つの動作を意識し、どういう因縁で食している野菜がここにあるのかなどを思いながら、昼食をとります。時間はかかりますが、感謝の心で食事をとることができます。

 終わりに近い部分で、ディスカッションを入れ、質疑応答をします。その時に感なども言ってもらいます。

 だいたいこんな感じで、さまざまなメディテーションを試みているのです。それだけでなく、やっている私自身も結構学ぶことも多く、楽しんでいる部分も多々あります。

 そういえば、今回の参加者が面白いことを言っていました。「アメリカでは、動いてばっかりではなく、たまには座れ、と言うのがいい。」
—TK拝

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.higan.net/apps/mt-tb.cgi/2849

コメント (2)

zui:

まさか、真宗の方から、「五念門」という言葉が出てくるとは思いませんでした。とても参考になりました。やりようによっては、私たちには、善導大師をはじめ、様々なテキストがあったんですね。私も、私の地域では、真宗の僧侶の方とは接する機会が多いのですが、彼らは真宗はどの宗派よりも優れている、という意識がとてもが強く、あまり他宗派の人の意見を聞こうとしません。もちろん、私の属する浄土宗とも違う、と思っているようです。それと、なぜか神社神道をけちょんけちょんにけなします。
余談になりましたが、私の地域も、いわゆる都会のベッドタウンですので、アメリカのニューヨーカーほどではないにしろ、仏教の基本的な事が分からない方も多いので、仏教をわかって頂くためにも、その取っ掛かりとしても、瞑想等、色々とやってみようかと思います。

真宗でもファンダメンタリスト派からリベラル派までいろいろです。真宗の中の小乗仏教と大乗仏教に分かれる感じがします。お寺出身の僧侶と在家(一般家庭)出身で僧侶になった人とでも考え方が違います。蓮如派と親鸞派もあります。いろいろあった方が面白いと思います。
−TK拝

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)

米国ニューヨーク、マンハッタンのアッパーウェスト地区にニューヨーク本願寺があることをご存じですか?浄土真宗本願寺派からアメリカに派遣されて20年、ニューヨーク本願寺・住職の中垣顕實さんは、9.11同時多発テロ現地で経験。現在、ハドソン川での追悼灯篭流し法要など、平和を訴えるユニークな活動を展開中です。そんな中垣さんが、マンハッタンのお寺から日々の思いをつづります。
中垣顕實
1961年3月11日、大阪生まれ。B型。1985年に渡米、その後、シアトル別院勤務を経て、現在、浄土真宗本願寺派ニューヨーク別院住職。米国を代表する仏教者の一人として、その活動が注目されている。前ニューヨーク仏教連盟会長。著書に『ニューヨーク坊主、インドを歩く』(現代書館)
→ニューヨーク本願寺HP