先週からインターネットを使った討論が始まり、「宗教」という言葉の理解の仕方についての自分の定義とそれについての意見交換が交わされました。
宗教という言葉は何を意味するのか、学者によってその定義は変わってきます。西洋でレリジョンと言ったときには、神と再び関係を持つ、回復するということになりますが、仏教などは創造主の神という概念とは全く違った観点を持ちますので、それでは当てはまらないことになります。
宗教という言葉自体、もともと西洋のレリジョンという言葉をどうやって日本語にするかということで考えられた言葉ですから、その言葉の中に、東洋的な心が反映しているように思われます。
神との関係というところからではなく、自分が「宗」とするところの「教え」ということですので、自分の価値観、人生観、生活観というものを宗教といったことになります。
ある意味で「人生をどう生きるか」ということを考えることが宗教の本質に当たることになります。人生をどう生きるかを考える時に、死の意味、生の意味、死後の世界、生前の世界、人間の力を超えたところの世界などがどうしても問題になってくるものでありましょう。
宗教を持つというと、日本では何か変なものに入信してしまった、というように捉えられるようですが、本来、人生を深く考え、そこに出てきた答えが宗教と名付けられるものなのでしょう。
「私は宗教など持たない」という人は、「私は自分の人生を深く考えたことがない」と言っているのと同じことになるのはないかと思います。ある意味で日本人の宗教は「お金がすべて」という感じになっているようにも思われます。価値観をお金でしか計れないないならば、こう言われても仕方ないのです。
宗教をもつということは、自分の価値観、人生観、信念をもって生きているということです。私の中の宗教の定義は、宗教は人生の問いに対する様々な答えにあたるものである、と考えます。だから、様々な宗教があるのだと思うのです。
あなたなら、どのように「宗教」という言葉を定義されますか。
--TK拝