禅と念仏〜直感について〜(星覚さんへ)

禅と念仏〜直感について〜(星覚さんへ)


星覚さん、こんにちは。


また時間が過ぎてしまいました。お水取りも終わり一月が経ち、そしてサクラもすっかり散ってしまいました。この春は大切な方との別れが続き、祈りの日々が続きました。ふと立ち止まってサクラを見上げながら、自分はあと何度この美しくも儚い景色を愛でることができるか・・・と思いを巡らせました。ベルリンもチェリーブラッサムは咲きましたか?


お返事を拝見させていただきました。今回はなんどかメッセージに登場した「直感」についてお話したいと思います。(もりだくさんの他の部分は次回以降の話題ということで)


例えば「観測問題」であったり、「坐禅」をはじめるきっかけであったり、はたまた彼岸寺からの「卒業」であったり。よくわからないことに感じる"なにかあるな"という直感を非常に大切にされている星覚さんの生き方。そのような生き方をされていることは、これまでお会いしてお話させていただいた時にも、ご著書を拝読した時にも感じていた星覚さんの魅力です。


直感を大切にするということは、割とよく聞く大切な視点ですが、実際には色々と世知辛い世の中ですし、これだけ生活が便利になると気づかぬうちに人が作ったルールやシステムに乗っかることがとても楽で、「これはなにかあるかもしれないな!?」という直感を働かせるのは難しいですよね。


でも星覚さんはとってもよく直感をはたらかせている。(はたらくという言葉は適切じゃないかもですね?)勝手な想像ですが、直感を自分との対話、自分の価値観に合う合わないの判断センサーがはたらく、というふうに考えてみると、そこにはやはり星覚さんのライフスタイルが影響している、直感の支えになっているんだなと思います。それは座ることだったり、スマホをもたないことだったり、日本を離れることであったり。


確定申告をしないというお話もありましたが、国民年金や健康保険などはどうされているのでしょうか・・・?(確定申告は二カ所以上から所得を得ている場合、翌年の課税金額決定のために行う必要があると認識しています)と、一体全体星覚さんはこのがんじがらめの制度社会日本でどのような存在であるのか、あれこれ興味が湧いてきます。


制度上の細かい話というよりは、雲水・アーティストとして生活されることで、世俗の仕組みからも「圏外」になることができるのか、それってある意味では「出世間」的なポジションなのかもしれないな、(いいなぁ)と感じるわけです。


これだけネットワークが発達して、物理的にも空間的にも人工的な繋がりが張り巡らされ、LCCで移動もリーズナブルになってくると、携帯電話が繋がらない「圏外」が21世紀の楽園(仏になるための修行に専念できるという意味では極楽?)ではないか・・・と思いませんか。


ふと、雲水喫茶のプロジェクト「オフの細道」が浮かんできました。〜携帯の電源をオフにして、ちょっと粋な禅の旅〜。う〜ん。つながってますねぇ。これからも星覚さんの直感は僕の修行に欠かせない存在です。


合掌 南無阿弥陀仏 松島靖朗拝


松島靖朗 (まつしま せいろう)
>>プロフィールを読む 浄土宗法性山専求院安養寺副住職。1975年生まれ。早稲田大学商学部卒業後、9年間のITビジネスマン生活を経て奈良県にある実家のお寺に戻り浄土宗僧侶として修行の日々を送る。旅行・登山・サーフィン・温泉・美味しい物が好きで毎朝読経のあとの日経新聞が欠かせません。