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    <title>彼岸寺｜超宗派仏教徒によるインターネット寺院</title>
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    <updated>2012-02-06T22:44:55Z</updated>
    <subtitle>虚空山彼岸寺は超宗派仏教徒のインターネット寺院。僧侶のブログや仏教ニュースのほか、お寺カフェやライブや精進料理などのイベントも企画。日本の仏教を元気にします。</subtitle>
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    <title>二度目のお別れ - 日日是好日</title>
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    <published>2012-02-06T22:00:00Z</published>
    <updated>2012-02-06T22:44:55Z</updated>

    <summary> 先日父親が他界しました。 お坊さんとして修行を始めて早3年余りが立ち、死と向き合う現場で気持ちが動揺することも少なくなってきました...なんてことを言えるはずもなく。 まだまだ全然ダメですね。頭が真っ白になってしまいました。 実はこれが父親との二度目のお別れです。 ...</summary>
    <author>
        <name>松島靖朗</name>
        
    </author>
    
        <category term="松島靖朗" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    <category term="生老病死" label="生老病死" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
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    <![CDATA[
    <img src="http://www.higan.net/navi/images/20120207.jpg"  />
    ]]>
　　　　<![CDATA[<p> 先日父親が他界しました。</p>

<p><br />
お坊さんとして修行を始めて早3年余りが立ち、死と向き合う現場で気持ちが動揺することも少なくなってきました...なんてことを言えるはずもなく。</p>

<p><br />
まだまだ全然ダメですね。頭が真っ白になってしまいました。</p>

<p><br />
実はこれが父親との二度目のお別れです。</p>

<p><br />
</p>]]>
        <![CDATA[<p><br />
それはあまりにも突然でした。</p>

<p><br />
電話がなりました。iPhoneには「おかん」のアイコンが表示されています。たまたま大阪にいたので、急ぎの用件、もしかしたら枕経の連絡かな？といつものように瞬間的に思考を巡らせながら深呼吸して、覚悟を決めてiPhoneの通話ボタンを押しました。</p>

<p><br />
「おとんが死んだ」</p>

<p><br />
「おかん」から「おとん」という言葉を聞くのは十数年ぶりです。実家がお寺の母と結婚した父は、離婚をしてお寺を出ました。車の免許を持っていない「おとん」を1キロほど離れた最寄り駅まで二人で歩いて送っていったのが僕と「おとん」の一度目のお別れでした。当時の僕は東京での生活が忙しく、それ以来、「おとん」はどうしてるかな？と思うことはあっても、連絡を取ったり会いたいなと思うことは殆どありませんでした。</p>

<p><br />
そして十数年ぶりに二度目のお別れがやってきたのです。</p>

<p><br />
 <br />
享年六十歳。「おとん」が生前につけていた十年分の日記がありました。</p>

<p> <br />
僕と「おとん」の間に存在した空白を埋めるためのキーワードが散りばめられていました。</p>

<p><br />
職場の同僚と喫茶店でモーニングを食べることが習慣だったようです。<br />
モーニングを食べるのは深夜勤務の仕事が終わってからだったようです。<br />
深夜勤務の仕事は、何事も長続きしない「おとん」にしては珍しく、五年ほど続いていたようです。<br />
働き始めて三年経った日の日記に、「今日で働き始めて三年が経った」と書いてありました。<br />
時給が数十円単位で上がった日には、嬉しそうな文字でそのことが書いてありました。</p>

<p><br />
毎日のようにスーパーに行き、合計が1000円にならない程の買い物をしていたようです。<br />
一人暮らしなのに冷蔵庫が二台もあり、喫茶店のモーニング以外は自炊していたようです。<br />
スーパーに買い物に行ったという日が少なくなり、薬局や病院に行ったという日が多くなりました。<br />
去年の暮で日記は終わっていました。</p>

<p><br />
 <br />
「おとん」へ</p>

<p><br />
二度もお別れするという奇妙な体験を味わわせてくれてありがとう。<br />
人は必ず死ぬということを身をもって教えてくれてありがとう。</p>

<p>あなたとの二度目のお別れを通じて、お坊さんとして生きていく気持ちがより一層強くなりました。<br />
生きている間になすべきことが目の前に沢山あります。<br />
極楽浄土で再会したいと思いますが、しばらく時間がかかります。<br />
お互いにしっかり修行しましょう。</p>

<p><br />
 <br />
記事をお読みいただいた皆さんへ</p>

<p><br />
門前（トップページ）で、朝からこのようなお話をさせて頂けたことで気持ちが少し落ちつきました。<br />
まとなりのない文章を最後までお読みいただきありがとうございました。</p>

<p><br />
先週の記事<a href="http://www.higan.net/navi/2012/01/post-880.html" target="_blank">（お坊さんとかけまして朝刊と解く！）</a>でも触れましたが、お坊さんは生老病死と向き合う人であり、向きあう人々と共にいる人でなければならない、というのが僕なりのあるべきお坊さん像です。「おとん」との二度の別れ、生き別れ、死に別れを通じて感じたことをこれからお坊さんとして生きていく糧にしていきます。皆さんも是非、生老病死と向き合う瞬間を大切にしてください。そして共に生きていきましょう。</p>

<p><br />
今日も彼岸寺にようお参り下さいました。合掌。</p>]]>
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    <title>ホールインワン！ - 日日是好日</title>
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    <published>2012-02-05T23:25:27Z</published>
    <updated>2012-02-05T23:48:51Z</updated>

    <summary>おはようございます。 今日の東京は曇りです。窓から見えるスカイツリーのてっぺんが雲の中に入ってしまっています。もしかして、背が高すぎて曇りの日は展望階から外が見えないのではないかと心配です。ところでこの写真ですが、なんだか分かりますか？ゴルフボール！いえ、違います。実はこれ、「和菓子」です。その名も「ホールインワン」。とらやが作っています。外側の白い部分はもなかで、もちろん中身はあんこ。面白いかたちなので最近作られたのかなと思ったら、大正１５年から作っているというから驚きです。お寺の行事のとき、お参りの方に和菓子をおみやげにお配りすることがあるのですが、たまには変わったものにしてみようということで、昨年にこれを導入してみました。なかなか評判が良かったですよ。味もいいです。写真の右上にちらっと見えるのがお菓子の箱なのですが、ゴルフ上の風景が描かれていて、ちょうど２球、入るようになっています。何も知らないお父さんが間違えてゴルフに持っていきませんように。さて彼岸寺では先週もおもしろい記事がたくさんアップされました。ぜひお読みください。・禅僧が見たヨーロッパ禅の今、フランス摂心レポート・お坊さんが読み解く仏教マンガの世界・そもさん：節分と仏教の関係は？・みんなとちがうって、どういうこと？ 『おかえりなさいスポッティ』より今日も彼岸寺へお参りくださり、ありがとうございます。...</summary>
    <author>
        <name>松本圭介</name>
        <uri>http://www.higan.net/blog/isb/</uri>
    </author>
    
        <category term="松本圭介" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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    <![CDATA[
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    ]]>
　　　　<![CDATA[おはようございます。 <div>今日の東京は曇りです。</div><div>窓から見えるスカイツリーのてっぺんが雲の中に入ってしまっています。</div><div>もしかして、背が高すぎて曇りの日は展望階から外が見えないのではないかと心配です。</div><div><br /></div><div>ところでこの写真ですが、なんだか分かりますか？</div><div><br /></div><div>ゴルフボール！</div><div><br /></div><div>いえ、違います。</div><div><br /></div><div>実はこれ、「和菓子」です。</div><div><br /></div><div>その名も「<a href="http://www.toraya-group.co.jp/products/pro02/pro02_003.html">ホールインワン</a>」。とらやが作っています。</div><div>外側の白い部分はもなかで、もちろん中身はあんこ。</div><div><br /></div><div>面白いかたちなので最近作られたのかなと思ったら、</div><div>大正１５年から作っているというから驚きです。</div><div>お寺の行事のとき、お参りの方に和菓子をおみやげにお配りすることがあるのですが、</div><div>たまには変わったものにしてみようということで、昨年にこれを導入してみました。</div><div>なかなか評判が良かったですよ。味もいいです。</div><div>写真の右上にちらっと見えるのがお菓子の箱なのですが、</div><div>ゴルフ上の風景が描かれていて、ちょうど２球、入るようになっています。</div><div><br /></div><div>何も知らないお父さんが間違えてゴルフに持っていきませんように。</div><div><br /></div><div><br /></div><div>さて彼岸寺では先週もおもしろい記事がたくさんアップされました。ぜひお読みください。</div><div><br /></div><div>・<a href="http://www.higan.net/news/2012/02/13.html">禅僧が見たヨーロッパ禅の今、フランス摂心レポート</a></div><div>・<a href="http://www.higan.net/news/2012/02/post-23.html">お坊さんが読み解く仏教マンガの世界</a></div><div>・<a href="http://www.higan.net/somosan/2012/02/post-14.html">そもさん：節分と仏教の関係は？</a></div><div>・<a href="http://www.higan.net/ehon/2012/02/post-3.html">みんなとちがうって、どういうこと？ 『おかえりなさいスポッティ』より</a></div><div><br /></div><div>今日も彼岸寺へお参りくださり、ありがとうございます。</div>]]>
        
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    <title>merci - 日日是好日</title>
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    <published>2012-02-05T13:23:35Z</published>
    <updated>2012-02-05T13:29:39Z</updated>

    <summary>仕事でパリに来ています。たまたま日本から遊びにきていた友人と待ち合わせをすることになりました。メルチというセレクトショップで待ち合わせだったのでかわいい名前の店だなと思いながら地図を頼りに歩きました。態度がでかいのか、緊張感がないのか、何故かいつも知らない街で人に道を聞かれます。いってることは一言もわからないし、勿論道なんてわかるわけがありません。着いたその日の午前中に早速三人から立て続けに道を尋ねられ、その度にPARISと大きく描いてある地図を指差しながらコレコレ！ミテ！ワカラナイ、コッチモ！と日本語で必死のアッピール。言葉は理解していないのだろうけれども、ワカラナイ、という事は通じたらしい。なんとかなるものです。...</summary>
    <author>
        <name>星覚</name>
        
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        <category term="樋口星覚" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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    <![CDATA[
    <img src="http://www.higan.net/navi/images/a.jpg"  />
    ]]>
　　　　<![CDATA[仕事でパリに来ています。<br />たまたま日本から遊びにきていた友人と待ち合わせをすることになりました。<br /><br />メルチというセレクトショップで待ち合わせだったので<br />かわいい名前の店だなと思いながら地図を頼りに歩きました。<br /><br />態度がでかいのか、緊張感がないのか、何故かいつも知らない街で人に道を聞かれます。<br />いってることは一言もわからないし、勿論道なんてわかるわけがありません。<br /><br />着いたその日の午前中に早速三人から立て続けに道を尋ねられ、その度にPARISと大きく描いてある地図を指差しながら<br />コレコレ！ミテ！ワカラナイ、コッチモ！<br />と日本語で必死のアッピール。<br /><br />言葉は理解していないのだろうけれども、ワカラナイ、という事は通じたらしい。<br />なんとかなるものです。<br /><br /><br />]]>
        <![CDATA[禅寺には三黙道場と呼ばれる三つの大切な道場があります。<br />坐禅堂、東司（トイレ）、浴司（お風呂）の三つです。<br />ここでは私語は勿論、大きな音を立てる事も厳しく禁止されています。<br /><br />お経だって最初は意味も分からずただ、唱えます。<br />外国でもよくツッ込まれるのです。意味も分からないのにやって何になる、と。<br />でも、「本当に意味がわかってからやる」なんてそんなことってあるんでしょうか。<br />いきなり意味が分かって納得した気になってしまうとそこから先が心配です。<br /><br />英語なり、中国語なり、世界中の人が共通の言葉を使ってコミュニケーションをとろうとする時代だからこそ<br />僕たちが先祖から代々受け継いできたやり方を温故知新する時期であると思います。<br /><br />まぁ、感謝、は基本ですから、よその国の「ありがとう」くらいは知っておく事はいうまでもないです。<br />今週も好い一週間になりますように・・・ ]]>
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    <title>お坊さんが読み解く仏教マンガの世界（後編） - 時事</title>
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    <published>2012-02-05T03:00:52Z</published>
    <updated>2012-02-05T04:17:48Z</updated>

    <summary>　マンガが&quot;大好き&quot;なお坊さん、吉村昇洋さん（曹洞宗普門寺副住職・臨床心理士）による仏教マンガ論『おぼうさんが読み解く仏教マンガの世界』後編です。前回は、僧侶である吉村さんのマンガ読書体験から、仏教マンガを&quot;ストーリー&quot;の面から４分類。仏教マンガの持つ影響力、そして「仏教マンガとは何か？」について論じられました。仏教マンガの４分類　（I）釈尊・祖師方・名僧の伝記、仏教史　（II）仏教説話、仏教思想、仏教教理、仏教哲学、仏教用語　（III...</summary>
    <author>
        <name>虚空山彼岸寺</name>
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    <![CDATA[
    <img src="http://www.higan.net/news/images/_DSC890803.jpg"  />
    ]]>
　　　　<![CDATA[<p>　マンガが"大好き"なお坊さん、吉村昇洋さん（曹洞宗普門寺副住職・臨床心理士）による仏教マンガ論『おぼうさんが読み解く仏教マンガの世界』後編です。前回は、僧侶である吉村さんのマンガ読書体験から、仏教マンガを"ストーリー"の面から４分類。仏教マンガの持つ影響力、そして「仏教マンガとは何か？」について論じられました。<br /><br />仏教マンガの４分類<br />　（I）釈尊・祖師方・名僧の伝記、仏教史<br />　（II）仏教説話、仏教思想、仏教教理、仏教哲学、仏教用語<br />　（III）現代の仏教者（及びその環境）の実情・生活<br />　（IV）仏教関連キャラをモチーフにオリジナルストーリーを創作<br /><br />今回は、さらに年代別の分析から現在の仏教マンガの特徴へと掘り下げられています（以上編集部注、<a href="http://www.higan.net/news/2012/02/post-22.html">詳しくは前編をお読みください</a>）。<br /><br /><br /> </p>]]>
        <![CDATA[<h4>●年代別の分析</h4>　前回に引き続き、これまで私が目にした仏教マンガを4つに分類し年代別に分けたものを図2、3、4に示した。つまりこれらは、それぞれの分類がその時代にどれだけの割合で存在したかを表したものである。本稿末尾に掲載した、私が個人的に把握している（故に不完全）「仏教マンガ一覧」も参照しながら、読み進めていただきたい。<br /><br /><img alt="お坊さんが読み解く仏教マンガの世界 図2（-1989）" src="http://www.higan.net/news/images/fig02.jpg" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0pt auto 20px;" height="494" width="600" /><br />　まず図2を見ると、1989年に鈴木出版が発行したまとまった数の作品群『仏教コミックス』のシリーズが出版され始めたため、80年代までにかなりの数の仏教マンガが作られようとしたことが分かる。分類でいえばIとIIが作品を二分し、お釈迦さまや名僧の伝記と仏教教理を主題にし、読者に伝えようとする流れが見て取れる。<br /><br /><img alt="お坊さんが読み解く仏教マンガの世界 図3（1990年代）" src="http://www.higan.net/news/images/fig03.jpg" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0pt auto 20px;" height="496" width="600" /><br />　しかし、図3を見ると、分類IIの作品比率がぐっと減少している。これは1997年に有名な高僧を取り上げたシリーズが、これまた鈴木出版から出されたことによるところが大きいが、表向き分類Iの体裁をとりながらも、実は分類IIを裏の主題にしている作品が増え、図1で示すところの分類Iと分類IIの輪が重なった領域に属する作品が多いのが特徴である。<br /><br /><img alt="お坊さんが読み解く仏教マンガの世界 図4（2000-）" src="http://www.higan.net/news/images/fig04.jpg" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0pt auto 20px;" height="495" width="600" /><br />　そして、現在の状況を反映しているのが図4に示した状況であり、2000年以前の状況からは明らかに一変している。まず、まとまったシリーズものが作られなくなり、鈴木出版のシリーズのように、劇画出身の作家ではなく、現在の週刊・月刊マンガ雑誌出身の作家たちが仏教を題材に描くようになってきた。それに伴ってか、分類IIIと分類IVの比率が伸びているのである。<br /><br />　まず、分類IVのラインナップを見てみれば、『<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4847034678/higanji-22/ref=nosim/">あまえないでよっ!!</a>』『<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4088771303/higanji-22/ref=nosim/">孔雀王　曲神紀</a>』『<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4091212506/higanji-22/ref=nosim/">お坊サンバ!!</a>』『<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4063726622/higanji-22/ref=nosim/">聖☆おにいさん</a>』『<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4088702980/higanji-22/ref=nosim/">奇怪噺　花咲一休</a>』と、少年誌・青年誌を中心に連載されており、アクション・ギャグ・エロの要素が取り入れられ、一般的にお堅いイメージの世界観や人物像をポップ且つ軽く描くことでギャップを生じさせ、面白い作品に成立させようとする試みがなされている。これは、みうらじゅん氏の仏像をフィギュアとして捉える感覚に近いものがあり、例えば、広隆寺の弥勒菩薩（ぼさつ）像を"エマニュエル夫人"に、六波羅蜜寺の空也上人立像を"ラッパー"になぞらえるような姿勢のことを指す。<br /><br />　程度の差こそあるものの、"教え"や"ありがたみ"はとりあえず置いておいて、キャラのみを抜き出し、マンガの中で動かしていくような作品がこの分類IVに属する。80年代から続く荻野真『孔雀王』シリーズや、90年代の武井宏之『<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4088723066/higanji-22/ref=nosim/">仏ゾーン</a>』は、まさにそういったマンガの代表作と言えるだろう。<br /><br /><br /><h4>●現在の仏教マンガの特徴</h4>　次に、最も比率を伸ばした分類IIIを見てみると、『ぶっせん』『光の海』『あすかの修行日記』『坊主DAYS』『読経しちゃうぞ!』『尼僧漫画家の般若心経体験』『さんすくみ』『寺ガール』と、現代の僧侶、特に若手僧侶の苦悩をコミカルなタッチで描いているものが目立つようになってきている。中でも異質なのが、水沢めぐみ『<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4088671678/higanji-22/ref=nosim/">寺ガール</a>』であり、お寺生まれの三人娘のお寺で生活していく中で生じる葛藤を青年期ならではの恋愛感情と絡めて描いている。ドラマツルギーとしては、オーソドックスな少女マンガでありながら、設定の妙で他の少女マンガとうまく差別化がなされ、お寺に生まれ育った者なら思わず「わかる!!」と言ってしまう材料がそろっているのだ。<br /><br /><img alt="岡野玲子『ファンシィダンス』1巻" src="http://www.higan.net/news/images/fancydance.jpg" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" height="500" width="345" /><br />　そう考えると、80年代に岡野玲子が『<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4091912915/higanji-22/ref=nosim/">ファンシィダンス</a>』で果たしたことは、非常にイノベイティブな仕事であったと言える。『ファンシィダンス』はお寺の跡継ぎとして期待される大学生の主人公が、僧侶になること（世間を離れる）と、恋愛を成就させること（世間にまみれる）の間で葛藤を抱きつつ、人間として成長していく過程を描いた作品であるが、作者が20年以上も時代を先取りしていたこともさることながら、作中でモデルとなっている禅の修行道場の時代の止まった雰囲気と、流れるスピードの速い都会の生活スタイルとのギャップの描写は、見事の一言につきる。<br /><br />　私も含め、モデルとなった永平寺に修行に行く者の何割かは、このマンガを読むか、もしくはこれを原作とした本木雅弘主演の映画を観るかして、修行に臨むのである。そして、修行を終えた後に読み返したときに、自分の体験と主人公の行動を重ねてノスタルジーに浸るのだ。20年以上前の作品ということもあって、今読むと当時流行していた生活スタイルは、さすがに古さが滲み出ているものの、人間の持つ葛藤のリアルさは、現代のそれと全く変わるものではない。2000年以降の仏教マンガが、こういった"悩める仏教者"にスポットをあて、読者が自身の日常的な葛藤とリンクさせて、共感を生む装置として機能しているのならば、それはもう仏教書と言ってもよいだろう。<br /><br />　仏教書で思い出したが、90年代までの分類Iに属する仏教マンガでよく使われた手法に、"ナレーター"の役割をする存在が、ストーリーの途中でいきなり仏教特有の概念の説明をし始めるというものがあった。夏目（2009）はこれを「仏教が優先された説教臭いマンガ」と呼び、言葉と絵の対立において言葉が勝ってしまった結果とする。そして、これによってストーリーが突然断絶し、読者側は読みのテンションが落ちてしまうのだが、何とか仏教教義を正しく伝えたいという作者の強い思いも感じて、複雑な気分になっていた。<br /><br />　確かに、仏教の概念を説明しなければ、仏教教理に詳しくない人にとっては、主人公の行動の意味が分からないので、仕方がないといえば仕方がないのだが、もうちょっとうまく表現する方法はないのかなと心の中で思っていたところ、2000年代に入ってからの僧侶を含めた"現代人の苦悩"に主題を絞った作品が多く登場したことで、ひとつの答えが導き出されたように思う。これは、布教者たる我々僧侶にとっても多くの示唆を与えるもので、仏教のお話をするときに仏教用語を羅列しなくても、説法に成りうることを示している。<br /><br /><br /><h4>●さいごに</h4>　このように2000年代に入り、分類Iよりも分類IIIが増加傾向を示し、現代の若手の僧侶を題材とした作品が増えているのは、ただ単に仏教ブームに乗っかっているということもあるだろうが、一方でそれだけ悩める読者の存在が反映されているとも言えるのかも知れない。<br /><br />　今回は、自分が定義した枠内に、私の主観で分類していったので、他の方にとっては「違う」と思われる部分があるかもしれないし、最後に掲載した表も全ての仏教マンガを網羅しているとは言えず、不備があることは十分承知している。また、仏教の看板を掲げていなくても、仏教思想が反映されていると推測される作品もあるが、今回はそれについて言及しなかった。そして、あくまでも今回は、概論的に仏教マンガの全体像を傍観し、流れを掴むことが目的だったで、個々のマンガについて深く掘り下げることもしなかった。これらのやり残したことに関しては、今後の課題としたい。<br /><br />　今後、仏教マンガにちょっとでも興味を持って、読んでいただけるきっかけとなれば、仏教を啓蒙する立場の者として幸いである。<br /><a href="http://www.higan.net/news/assets_c/2012/02/table01-3472.html" onclick="window.open('http://www.higan.net/news/assets_c/2012/02/table01-3472.html','popup','width=1319,height=882,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"></a><a href="http://www.higan.net/news/assets_c/2012/02/table01-3450.html" onclick="window.open('http://www.higan.net/news/assets_c/2012/02/table01-3450.html','popup','width=1319,height=882,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><br /></a><a href="http://www.higan.net/news/assets_c/2012/02/table01-3472.html" onclick="window.open('http://www.higan.net/news/assets_c/2012/02/table01-3472.html','popup','width=1319,height=882,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://www.higan.net/news/assets_c/2012/02/table01-thumb-600x401-3472.jpg" alt="仏教マンガ一覧" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" height="401" width="600" /></a><a href="http://www.higan.net/news/assets_c/2012/02/table01-3450.html" onclick="window.open('http://www.higan.net/news/assets_c/2012/02/table01-3450.html','popup','width=1319,height=865,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><br /></a><br /><br /><br /><b>【参考文献】</b><br />伊藤剛『テヅカ・イズ・デッド ひらかれたマンガ表現論へ』 2005　NTT出版<br />中野晴行『マンガ産業論』 2004　筑摩書房<br />夏目房之介「「仏教マンガ」の面白さ」『大法輪75（11）』 2008　大法輪閣<br />夏目房之介「続・「仏教マンガ」の面白さ」『大法輪76（10）』 2009　大法輪閣<br />夏目房之介『マンガ学への挑戦―進化する批評地図』 2004　NTT出版<br />『ユリイカ　2008年6月号 特集=マンガ批評の新展開』 2008　青土社<br />夏目房之介『マンガはなぜ面白いのか―その表現と文法』 1997　日本放送出版協会<br />『マンガの読み方―わかっているようで、説明できない マンガはなぜ面白いのか』 1995　宝島社<br /><br /><br /><p></p>

<h4>書き手プロフィール</h4><b>吉村昇洋</b>（よしむらしょうよう）<br /><a href="http://higan.net/apps/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;id=3&amp;blog_id=58">http://higan.net/apps/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;id=3&amp;blog_id=58</a><br />曹
洞宗普門寺副住職・臨床心理士。2005年11月より、虚空山彼岸寺にて『禅僧の台所 〜オトナの精進料理〜』を連載し、"食"を通して日常に活かせる禅仏教を伝える他、カルチャーセンターや各種イベントにて精進料理の講師も務める。また、
僧侶にとって必要な"人の心と向き合う"側面に関心を持ったことから、臨床心理学を専門的に学び、現在、広島県内の病院にて臨床心理士としても活動をしている。<div><br /></div><div><br /></div><div><br /></div><div><br /></div>

<div class="azlink-box" style="margin-bottom:0px"><div class="azlink-image" style="float:left"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4091912915/higanji-22/ref=nosim/" name="azlinklink" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/512IpBpjDQL._SL160_.jpg" alt="ファンシィダンス (1) (小学館文庫)" style="border:none" /></a></div><div class="azlink-info" style="float:left;margin-left:15px;line-height:120%"><div class="azlink-name" style="margin-bottom:10px;line-height:120%"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4091912915/higanji-22/ref=nosim/" name="azlinklink" target="_blank">ファンシィダンス (1) (小学館文庫)</a><div class="azlink-powered-date" style="font-size:7pt;margin-top:5px;font-family:verdana;line-height:120%">posted with <a href="http://sakuratan.biz/azlink/dp/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%82%A3%E3%83%80%E3%83%B3%E3%82%B9%20%281%29%20%28%E5%B0%8F%E5%AD%A6%E9%A4%A8%E6%96%87%E5%BA%AB%29/4091912915/higanji-22" target="_blank">AZlink</a>  at 2012.2.5</div></div><div class="azlink-detail">岡野 玲子<br />小学館<br />売り上げランキング: 88294<br /></div><div class="azlink-link" style="margin-top:5px"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4091912915/higanji-22/ref=nosim/" target="_blank">Amazon.co.jp で詳細を見る</a></div></div><div class="azlink-footer" style="clear:left"></div></div>
<div class="azlink-box" style="margin-bottom:0px"><div class="azlink-image" style="float:left"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4757140843/higanji-22/ref=nosim/" name="azlinklink" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/418Q9A55QXL._SL160_.jpg" alt="マンガ学への挑戦―進化する批評地図    NTT出版ライブラリーレゾナント003" style="border:none" /></a></div><div class="azlink-info" style="float:left;margin-left:15px;line-height:120%"><div class="azlink-name" style="margin-bottom:10px;line-height:120%"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4757140843/higanji-22/ref=nosim/" name="azlinklink" target="_blank">マンガ学への挑戦―進化する批評地図    NTT出版ライブラリーレゾナント003</a><div class="azlink-powered-date" style="font-size:7pt;margin-top:5px;font-family:verdana;line-height:120%">posted with <a href="http://sakuratan.biz/azlink/dp/%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%82%AC%E5%AD%A6%E3%81%B8%E3%81%AE%E6%8C%91%E6%88%A6%E2%80%95%E9%80%B2%E5%8C%96%E3%81%99%E3%82%8B%E6%89%B9%E8%A9%95%E5%9C%B0%E5%9B%B3%20%20%20%20NTT%E5%87%BA%E7%89%88%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%AC%E3%82%BE%E3%83%8A%E3%83%B3%E3%83%88003/4757140843/higanji-22" target="_blank">AZlink</a>  at 2012.2.5</div></div><div class="azlink-detail">夏目 房之介<br />NTT出版<br />売り上げランキング: 42083<br /></div><div class="azlink-link" style="margin-top:5px"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4757140843/higanji-22/ref=nosim/" target="_blank">Amazon.co.jp で詳細を見る</a></div></div><div class="azlink-footer" style="clear:left"></div></div>
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    <title>禅僧が見たヨーロッパ禅の今、フランス摂心レポート（3/3） - 時事</title>
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    <published>2012-02-05T01:15:30Z</published>
    <updated>2012-02-05T01:57:19Z</updated>

    <summary><![CDATA[編集部より：天心さんがパリから行う食事作法パフォーマンスのUstream中継が、本日2月5日（日）の23時〜24時に行われます。こちらの中継が今回のイベントでは最後となりますのでぜひお見逃しないように。イベントの詳細は天心さんのブログにて。（構成：松下弓月）・「禅僧が見たヨーロッパ禅の今、フランス摂心レポート（1/3） 」&nbsp;・「禅僧が見たヨーロッパ禅の今、フランス摂心レポート（2/3） 」（写真：摂心が行われた会場の様子）マス...]]></summary>
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        <name>虚空山彼岸寺</name>
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    <category term="ヨーロッパ禅" label="ヨーロッパ禅" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
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    <category term="曹洞宗" label="曹洞宗" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
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    <![CDATA[
    <img src="http://www.higan.net/news/images/13_place.jpg"  />
    ]]>
　　　　<![CDATA[<div><b>編集部より：天心さんがパリから行う食事作法パフォーマンスのUstream中継が、本日2月5日（日）の23時〜24時に行われます。こちらの中継が今回のイベントでは最後となりますのでぜひお見逃しないように。イベントの詳細は<a href="http://ameblo.jp/tengshing/entry-11150605204.html">天心さんのブログ</a>にて。（構成：松下弓月）</b></div><div><br /></div><div>・「<a href="http://www.higan.net/news/2012/02/13.html">禅僧が見たヨーロッパ禅の今、フランス摂心レポート（1/3）</a> 」&nbsp;</div><div>・「<a href="http://www.higan.net/news/2012/02/23.html">禅僧が見たヨーロッパ禅の今、フランス摂心レポート（2/3）</a> 」</div><div><br /></div><div>（写真：摂心が行われた会場の様子）</div><div><br /></div><div><h2>マスターデシマルとヨーロッパ禅</h2><div><br /></div><p class="p1" style="border-style: initial; border-color: initial; font-size: 13px; "><span class="s2">ヨーロッパに禅が伝わったのは今から</span><span class="s3">45</span><span class="s2">年前のこと。</span><span class="s3">1967</span><span class="s2">年に弟子丸泰仙老師が、師匠の沢木興道（さわきこうどう）老師の遺命により、フランスで布教活動を始めたのがきっかけです。</span></p></div> ]]>
        <![CDATA[<p></p>

<p></p>

<p></p>

<p></p>

<div><br /></div><div><img alt="14_kinhin_outdoor.jpg" src="http://www.higan.net/news/images/14_kinhin_outdoor.jpg" width="300" height="200" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></div>
<p class="p1">弟子丸老師に学んだ人たちがヨーロッパ各地にその教えを持ち帰ったものが現在のヨーロッパ禅を形作っています。ですから、彼らが最も崇拝するのは道元禅師よりお釈迦様よりも「マスターデシマル」です。弟子丸老師は初めて「禅」の講義に呼ばれた際、いきなり机上で坐禅をして見せ、指導する場合も「黙って坐れ」と言わんばかりにまずは坐禅をさせるような方だったそうです。</p><p class="p1"><span class="s2"><br /></span></p><p class="p1"><span class="s2">（写真：屋外での経行）</span></p>
<p class="p2"><span class="s2"></span><br /></p>
<p class="p1"><span class="s2">独特のバイタリティとユーモアを交えた彼の教えは「五月革命」直後で混乱の真っ只中にあったフランス人の心を打ちました。もともと仏教思想の地盤がない彼らに「禅」の精神を教えるのは非常に困難だったことでしょう。できるだけ「本来の意味を歪ませない様に」かつ「理解しやすい方法」を模索しながら伝えた弟子丸流の教えは、日本曹洞宗が厳格に伝えているものよりも、かなり柔軟なものになりました。その流れの延長線にある現在のフランス曹洞宗は、様々な点において独自性をもった展開をしているように見えます。経行を応用した戸外へ出ての散歩なども、私にとっては新鮮な体験でした。</span></p><p class="p1"><br /></p>
<h2><span class="s2">日仏禅のいまと未来</span></h2>
<p class="p2"><span class="s2"></span><br /></p><p class="p2"><img alt="15_twilight.jpg" src="http://www.higan.net/news/images/15_twilight.jpg" width="600" height="338" class="mt-image-none" /></p><p class="p2"><br /></p><p class="p2">（写真：夕暮れ時の摂心会場付近の様子）</p><p class="p2"><br /></p>
<p class="p1"><span class="s2">私は永平寺で修行している頃からヨーロッパの禅に興味がありました。その頃から想像していた通り、彼らには強い「スピリット」があります。もちろん彼らはまだ若い宗教ですから、至らない点もあります。しかし、日本のことを良く知らない人たちが毎週集まって坐禅を続けている。そのことが作法以上の何かを伝えている確固たる証拠だとも思います。</span></p>
<p class="p3"><span class="s2"></span><br /></p>
<p class="p1"><span class="s2">また、この摂心に多くのアーティストが参加していたことにも興味を持ちました。私自身も一人のアーティストであるため、彼らがいつも精神的な冒険や浄化を求めていることを良く知っています。弟子丸老師は知識人たちに講義する一方で、ヒッピーたちにも精力的に坐禅を教えていました。アーティストと坐禅や禅文化を通して交流をはかっていく事は、私なりの使命であると感じます。</span></p>
<p class="p2"><span class="s2"></span><br /></p>
<p class="p1"><span class="s2">しかし、心配な点がないわけでもありません。ひとつは、伝統にヒエラルキーが出来てしまっていることです。摂心中、彼らから「あなたは誰の系統の教えをうけているのか？」とよく聞かれれました。 彼らにとっては師匠の「マスターデシマル」の教えを受け継いでいるかどうかが重要で、そのことがある種のステータスになってしまっているようでもありました。</span></p>
<p class="p2"><span class="s2"></span><br /></p>
<p class="p1"><span class="s2">また、フランスでは重視するものの違いで団体が分かれているのですが、相互の交流が少ないことも問題です。フランスでは、日本と関わりが深く法要や作法を重視する禅堂尼苑（ぜんどうにえん）を中心としたグループと、今回参加したような精神性を重視し出来るだけ自由な形を求めるグループのふたつに、大きく分かれています。フィリップ老師は他のサンガとも友好な関係を築くように心掛けているようにですが、サンガ同士の交流や情報交換はあまり密には行われておらず、「一度所属したサンガ以外が企画する摂心には参加してはいけない」という暗黙のルールが出来てしまっているようでした。できるだけ両者が良い関係を築いてくれるよう祈ります。</span></p>
<p class="p2"><span class="s2"></span><br /></p>
<p class="p1"><span class="s2">最後に願う事。そして自分自身もそのために力を注ぎ続けようと思う事。それは、日本と海外の仏教</span><span class="s3">（</span><span class="s2">もしくは禅</span><span class="s3">）</span><span class="s2">がもっと直接的な関わりを持つ事です。</span></p>
<p class="p2"><span class="s2"></span><br /></p>
<p class="p1"><span class="s2">ヨーロッパの禅実践者には一度でいいから日本を訪れて永平寺と総持寺、可能であれば他宗派の修行風景や法要も見聞きして欲しいと思っています。私が見る限り、ヨーロッパの禅には十分考えられないままに簡略化や変更されてしまった作法が多いように感じました。道元禅師が創り上げた禅宗の作法には日本人の美意識と仏教の作法が融合しており、そこには独自の精神性が込められています。&nbsp;</span></p>
<p class="p3"><span class="s2"></span><br /></p>
<p class="p1"><span class="s2">永平寺では全てに作法が定められていますが、その理由は一切説明してもらえません。それは「良い行為を続けることで自然と良い精神が作られる」という考えに基づいているからです。 作法本来の意味や意義を正しく理解するためには、まずその作法を正確に行えるようにならなくてはなりません。その上で土地の風土や慣習によって適切な変化を加えるのが、最善の方法と考えます。</span></p>
<p class="p2"><span class="s2"></span><br /></p>
<p class="p1"><span class="s2">禅宗の作法は実践することで多くのことを学べる、日本人の宝だと思います。だからこそ、精神性を重視するヨーロッパ禅にもぜひこの禅宗の作法に込められた精神性を知っていただきたいと思うのです。</span></p>
<p class="p2"><span class="s2"></span><br /></p>
<p class="p1"><span class="s2">同様に、日本の僧侶や仏教徒にもヨーロッパ禅を一度体験して欲しいと思います。 私の知るヨーロッパ禅を体験した日本の僧侶はみな感銘を受けていましたが、わたしも実際に体験して、圧倒される程の強いスピリットを彼らが持っていること、また強いスピリットを求めていることに気付きました。なにも知らないまま取るに足らないものとして新しいヨーロッパの仏教を退けることなく、私たち日本仏教のあり方を考え直しすきっかけとして欲しいのです 。</span></p>
<p class="p3"><span class="s2"></span><br /></p>
<p class="p1"><span class="s2">われわれが所属している日本の仏教は、どのようなものに裏付けされて成立しているのか。われわれが日々行っている葬儀や法要や行事は何の為に続けられているのか。われわれ自身を気付かぬうちに救ってくれている「本当の教え」とは何なのか。僧侶だけでなく、私たち日本人の多くはこれらの問いに答えることが出来ません。しかし近い未来、世界の人々が、このような問いを日本人に求める日がきっと来ると思っています。いえ、既に求められています。</span></p><p class="p1"><span class="s2"><br /></span></p><p class="p1"><span class="s2"><img alt="16_stars.jpg" src="http://www.higan.net/news/images/16_stars.jpg" width="600" height="338" class="mt-image-none" /></span></p>
<p class="p2"><span class="s2"></span><br /></p><p class="p2">（写真：摂心中の七夕）</p><p class="p2"><br /></p>
<p class="p1"><span class="s2">星が瞬くフランスの七夕の空を見て思いました。天の川を隔てて分かれてしまった「織姫（ベガ）」と「彦星（アルタイル）」のように、もとは同胞だった日本とヨーロッパの禅は、今あまりにも遠くに離れ離れになってしまっています。願わくばこの摂心が、良い関係を築くきっかけとなり、この先にもっと大きな交流がもたらされるように。そんな願いを込めながら、空に瞬く星を眺めていました。</span></p><p class="p1"><span class="s2"><br /></span></p>
<p class="p4"><span class="s2">FRANCE Paris</span><span class="s4">　風間天心</span></p>]]>
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    <title>節分の火に思うこと - 日日是好日</title>
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    <published>2012-02-04T15:10:02Z</published>
    <updated>2012-02-04T15:16:34Z</updated>

    <summary>節分も過ぎて、いよいよ春が近づいてきましたね。寒さはこれからが本番じゃないか、と思う人もいると思います。でも、一日ごとに夜明けは早くなり、日は長くなっています。太陽は冷え切っていた大地を少しずつ温めはじめていて。寒さは続いていても、確実に春に向かっているのが感じられます。節分といえば「鬼は外、福は内」と豆をまいて恵方巻やイワシを食べる家庭の行事であると同時に、神社やお寺で追儺式や鬼やらいが行われています。京都市内の主だった神社では、平安時代の宮中行事を模した祭事を行うところも多く、祭り好きなわたしは毎年ワクワクしてしまいます。なかでも人気なのは、京都大学時計台ちかくの吉田神社の節分祭。大学キャンパスの周りに800軒もの露店が出て、三日間にわたって多くの人でにぎわいま す。クライマックスは、節分の夜23時に点火される火炉祭で、境内の真ん中に5メートルもの大きな櫓を組んで古いお札やお守りを焼きあげます。大勢の人が 見守るなか、巨大な火柱が上がるとあちこちで歓声があがって盛り上がります。この火は無病息災と新春の幸運を授けるとも言われているとか。 ...</summary>
    <author>
        <name>杉本恭子</name>
        <uri>http://www.higan.net/blog/bouzu/</uri>
    </author>
    
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    <![CDATA[
    <img src="http://www.higan.net/navi/images/ks/yosidajinjakaro.jpg"  />
    ]]>
　　　　<![CDATA[節分も過ぎて、いよいよ春が近づいてきましたね。<br />寒さはこれからが本番じゃないか、と思う人もいると思います。でも、一日ごとに夜明けは早くなり、日は長くなっています。太陽は冷え切っていた大地を少しずつ温めはじめていて。寒さは続いていても、確実に春に向かっているのが感じられます。<br /><br />節分といえば「鬼は外、福は内」と豆をまいて恵方巻やイワシを食べる家庭の行事であると同時に、神社やお寺で追儺式や鬼やらいが行われています。京都市内の主だった神社では、平安時代の宮中行事を模した祭事を行うところも多く、祭り好きなわたしは毎年ワクワクしてしまいます。<br /><br />なかでも人気なのは、京都大学時計台ちかくの吉田神社の節分祭。大学キャンパスの周りに800軒もの露店が出て、三日間にわたって多くの人でにぎわいま
す。クライマックスは、節分の夜23時に点火される火炉祭で、境内の真ん中に5メートルもの大きな櫓を組んで古いお札やお守りを焼きあげます。大勢の人が
見守るなか、巨大な火柱が上がるとあちこちで歓声があがって盛り上がります。この火は無病息災と新春の幸運を授けるとも言われているとか。<br /><br /><br /> ]]>
        <![CDATA[歓声をあげる人たちに「なぜ、その火にご利益があるのか」と問うたところで、おそらく多くの人は首をかしげるのではないかと思います。ただ「そう言われているし、そんな気がするから」「なんかそう思ったら楽しい」というだけかもしれません。「鬼は外、福は内」と豆を投げる人に「ほんとうに鬼はいるの？」と聞くのもちょっと野暮な感じもします。<br /><br />吉田神社では、拝殿の前で真剣に手を合わせる人たちをたくさん見かけました。でも、それを「宗教だ」と言われると「えっ、そうかな？」と思う人がほとんどじゃないかなと思います。ただ、心のどこかでちょっとだけ信じている／信じたいと思っている――近ごろ、「宗とする教えを持つ（宗教）」というのではなく、「信じて仰ぐ（信仰）」ことはする日本人の信仰のあり方に興味を感じています。ほんとのところ、わたしたちが信じているのは何なのだろうか、と。<br /><br /><a href="http://www.higan.net/somosan/2012/02/post-14.html">『そもさんせっぱ』節分と仏教の関係は？</a><br />]]>
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    <title>そもさん：節分と仏教の関係は？ - そもさん、せっぱ〜お坊さんとの対話〜</title>
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    <published>2012-02-04T04:09:27Z</published>
    <updated>2012-02-04T04:09:54Z</updated>

    <summary> 2月4日は立春ですね。まだまだ寒いですが、暦の上では「春」に向かい始める時期となりました。特にこの時期「節分」の豆まきの話題をよく見聞きしますが、今回「節分と仏教の関係」についてご質問をいただきました。 確かに豆まきの行事はお寺で行われていることも多く、ＴＶでは大相撲の力士やタレントが豆まき参加するなどしている風景も目にします。しかし私は浄土真宗のお寺に所...</summary>
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        <name>日下賢裕</name>
        
    </author>
    
        <category term="仏教と日本文化" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    <category term="鬼" label="鬼" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="節分" label="節分" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="豆まき" label="豆まき" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="立春" label="立春" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
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    <![CDATA[
    <img src="http://www.higan.net/somosan/2012/02/04/%E9%AC%BC.jpg"  />
    ]]>
　　　　<![CDATA[







<p class="p1"><br /></p><p class="p1">2月4日は立春ですね。まだまだ寒いですが、暦の上では「春」に向かい始める時期となりました。特にこの時期「節分」の豆まきの話題をよく見聞きしますが、今回「節分と仏教の関係」についてご質問をいただきました。</p><p class="p1"><br /></p><p class="p1">







</p><p class="p1">確かに豆まきの行事はお寺で行われていることも多く、ＴＶでは大相撲の力士やタレントが豆まき参加するなどしている風景も目にします。しかし私は浄土真宗のお寺に所属しているのですが、節分の行事を行うことはありません。そう思いますと、確かに節分と仏教の関係が気になってまいります。</p><p></p> ]]>
        <![CDATA[







<p class="p1"><br /></p><p class="p1">ではまず「節分」とはなにかということを考えてみたいのですが、これは「二十四節気」と呼ばれる、季節の区分法の中に見られる言葉です。今では2月の立春のことを特に「節分」と言いますが、「節分」は立春だけでなく、立夏・立秋・立冬の、春夏秋冬の始まりの日を表します。この「二十四節気」というものは、発祥は中国で、太陽の動きに合わせて季節を分けることで、農耕に利用してきました。それが日本の暦にも取り入れられて、今でもその名残として、季節の目安に用いられているのでしょう。</p>
<p class="p2"><br /></p>
<p class="p3"><span class="s1">さて、次に「豆まき」ですが、これも元を辿れば中国の宮中における「</span>大儺（たいな）」・「追儺(ついな)」と呼ばれる、疫病や災害を払うための儀式がその由来のようです。それが日本の宮中にも伝わり、新年を迎えるための行事として行われるようになっていったようで、この「追儺<span class="s1">」</span>を「鬼遣(や)らい」ともいい、疫病や災害を具現化した「鬼」を追い払うという行事となっていった、といわれます。</p>
<p class="p4"><br /></p>
<p class="p3"><span class="s1">また</span>「豆」というものも、中国において生命力が強く、邪気を払うことが出来るものと信じられており、それが日本に伝わって、「追儺」と呼ばれる悪いものを追い払う行事と結びついていったと考えられています。</p>
<p class="p4"><br /></p>
<p class="p3">そして日本の仏教は、奈良時代や平安時代において朝廷との結び付きが強く、鎮護国家のための宗教として扱われたこともあり、新年を迎えるに当たって行われる「修正会(しゅしょうえ)」や「修二会(しゅにえ)」という法要において、国家の安寧や繁栄を願うという意味合いもあったことから、いつしか「追儺<span class="s1">」</span>という宮中における行事と混淆されていったものと考えられます。また、密教美術にしばしば見られる悪鬼の存在が、「鬼」という存在により具体性を持たせていったということも考えられそうです。</p>
<p class="p4"><br /></p>
<p class="p3">以上のことを総括しますと、現在見られる「豆まき」の風習というのは、中国由来の習俗の影響が多く、本来は仏教と関わりのないものであったと言えるでしょう。それが、日本の宮中において次第にミックスされていって、今のような節分の豆まきがお寺でも行われるようになっていったのではないでしょうか。豆まきを行わないお寺もあるのは、宮中との関わりが薄い宗派であったり、それが仏教由来の行事ではなかったためであると考えられます。</p>
<p class="p4"><br /></p>
<p class="p3">このように、仏教と節分の行事は本来関係ないものなのかもしれません。しかし、「鬼」と呼ばれる存在は、実は自分の外にあるものではなく、自分の心に潜む、何でも自分の思い通りにせずにはおれないという心＝「煩悩」なのではないでしょうか。節分をただ単に「除災招福」の行事としてしまうのではなく、自分自身の抱える「煩悩」と向き合うための一つの契機とするならば、「節分」という行事にも、仏教的な意義を見出すことはできるのではないかな、と思います。</p><p class="p3"><br /></p><p class="p3">なおtwitterでは、京都の臨済宗のお寺、妙心寺での節分のエピソードが寄せられています。なかなか興味深いエピソードですので、こちらもぜひご覧ください。<br /><a href="http://togetter.com/li/252176">http://togetter.com/li/252176</a></p>]]>
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    <title>禅僧が見たヨーロッパ禅の今、フランス摂心レポート（2/3） - 時事</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.higan.net/news/2012/02/23.html" />
    <id>tag:www.higan.net,2012:/news//59.6460</id>

    <published>2012-02-04T02:12:18Z</published>
    <updated>2012-02-06T12:57:49Z</updated>

    <summary>編集部より：天心さんがパリから行う食事作法パフォーマンスのUstream中継は、本日2月4日（土）の深夜2〜3時と明日2月5日（日）の23時〜24時に行われます。ぜひご覧ください。イベントの詳細は天心さんのブログをご確認ください。（構成：松下弓月） 「禅僧が見たヨーロッパ禅の今、フランス摂心レポート（1/3） 」より。 （写真：僧堂の様子） 進んで坐りたくなる、温かくて心地良いフランスの坐禅 ヨーロッパの人々は坐禅に対して本当に熱心です...</summary>
    <author>
        <name>虚空山彼岸寺</name>
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    </author>
    
        <category term="レポート" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    <category term="パリ" label="パリ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="フランス" label="フランス" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="ヨーロッパ禅" label="ヨーロッパ禅" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="坐禅" label="坐禅" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="曹洞宗" label="曹洞宗" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
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    <![CDATA[
    <img src="http://www.higan.net/news/images/3_soudou.jpg"  />
    ]]>
　　　　<![CDATA[<p><b>編集部より：天心さんがパリから行う食事作法パフォーマンスのUstream中継は、本日2月4日（土）の深夜2〜3時と明日2月5日（日）の23時〜24時に行われます。ぜひご覧ください。イベントの詳細は<a href="http://ameblo.jp/tengshing/entry-11150605204.html">天心さんのブログ</a>をご確認ください。（構成：松下弓月）

</b></p><p><b><br /></b></p><p>「<a href="http://www.higan.net/news/2012/02/13.html">禅僧が見たヨーロッパ禅の今、フランス摂心レポート（1/3）</a> 」より。<br />
（写真：僧堂の様子）</p><p><b><br /></b></p><b>

<h2>進んで坐りたくなる、温かくて心地良いフランスの坐禅</h2><div><br /></div>

<p>ヨーロッパの人々は坐禅に対して本当に熱心です。開始時刻よりもかなり早くから既に坐っている方がおり、始める前の動作も非常にスムーズで、坐禅中も全く動きません。日頃からいかに進んで坐禅に取り組んでいることが良く分かります。</p></b>]]>
        <![CDATA[<p><br /></p><p><img alt="4_zazen.jpg" src="http://www.higan.net/news/images/4_zazen.jpg" width="300" height="200" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" />曹洞宗では、40分の坐禅、ゆっくり歩く経行が10分、休憩が10分で1セットというのが伝統的なスタイルで、摂心中はこれを一日に何度も繰り返します。サン・デムールでも基本的にこのスタイルを踏襲していますが、今回は初心者も多かった為、フィリップ老師が全体の「気」をみて時間の調整をしていました。</p><p><br /></p><p>（写真：坐禅中の様子）</p><p><br /></p>

<p>一緒に座っているうちに、両脚を組む結跏趺坐（けっかふざ）よりも、半跏趺坐（はんかふざ）［※片足のみを組むこと］の方が多いことに気づきました。 体格の違いゆえでしょうか、なかには座布団を敷いたり片足にだけクッションを置いたりする方もいたり。また、警策（きょうさく）［※坐禅中、堂内を巡回し必要に応じて肩を打つこと］を、多くの方が自ら進んで受けていたのも日本と異なるところでした。</p><p><br /></p>

<p><img alt="5_kinhin.jpg" src="http://www.higan.net/news/images/5_kinhin.jpg" width="300" height="169" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" />中でも大きく異なるのは、坐禅している時間の半分以上で「口宣（くせん）」という静かな法話が行われる点です。これはサン・デムールで師と仰がれている弟子丸泰仙（でしまるたいせん）老師の教えに基づくやり方です。フィリップ老師がフランス語されるので、私には正確な内容が理解できませんでしたが、適度な笑いも交えられておりとても良い雰囲気でした（改めて仏語を勉強しようと思いました）。</p><p><br /></p><p>（写真：経行の様子）</p><p><br /></p>

<p>日本の作法とはだいぶ異なるようですが、朝は塔袈裟の偈（たっけさのげ）という偈文（げもん）［※短い詩文のこと］を唱えてから袈裟をつけますし、坐禅を始める前に体を揺らして重心をみつける左右揺身（さゆうようしん）［※坐禅をはじめるときに左右に体を揺らしてポジションを定めること］も全員行っていました。 </p><p><br /></p>

<p>振り返ってみるに、とにかく坐禅中は道場全体が温かくて心地よい空気に包まれており、彼らが進んで坐禅を行うのも頷けるようでした。</p><p><br /></p>

<h2>正式な作法が求められる法要</h2><div><br /></div>

<p><img alt="6_houyou.jpg" src="http://www.higan.net/news/images/6_houyou.jpg" width="600" height="338" class="mt-image-none" style="" /></p>

<p><br /></p><p>（写真：法要道具一式と警策）</p><p><br /></p>

<p>永平寺では摂心中も朝・昼・夜と一日三度の法要が行われますが、サン・デムールでは、はじめは朝・夜の二度しか法要が行われず、あまり儀式を重視していない様子を感じました。 どうやらフランスでは儀式を重視する派とそうでない派に大きく分かれているようなのですが、儀式や作法を重視しない傾向は今回私が一番気になったところです。</p><p><br /></p>

<p>実際、法要に参加してみると初心者が多いとはいえあまりにたどたどしい読経です。あとで聞いてみると、「般若心経」ですら数年前にやっと皆で唱えられるようになったような状況だとか。儀式を重視するかどうかということよりも、一番大切なのは正確な進退（しんたい）［※作法のこと］が伝承さているかどうかです。 印金（いんきん）、磬子（けいす）木魚、太鼓などの仏具はしっかりしたものを使っているようでしたし、せめて一度でも日本の寺院で読経の音を聞いて、しっかりと唱えられるようにしていただきたいと思いました。</p><p><br /></p>

<p><img alt="7_kyohon.jpg" src="http://www.higan.net/news/images/7_kyohon.jpg" width="600" height="338" class="mt-image-none" style="" /></p>

<p><br /></p><p>（写真：アルファベットで記された経本）</p><p><br /></p>

<h2>日本とはだいぶ違う食事</h2><div><br /></div>

<p><img alt="8_jikidou.jpg" src="http://www.higan.net/news/images/8_jikidou.jpg" width="600" height="337" class="mt-image-none" style="" /></p>

<p><br /></p><p>（写真：食堂の様子）</p><p><br /></p><p>永平寺の食事は応量器（おうりょうき）［※僧侶が一人一揃い持つ食器］という食器を用い、「常に三本の指だけを用いる」「さじは縦に一方向のみしか動かせない」など、とても厳格な作法に則って行います。写真（<a href="http://www.higan.net/news/2012/02/13.html">第1回冒頭</a>に掲載したもの）は今回の摂心で私が使用した応量器ですが、本来は器が三カ所にあり、さらに浄巾（じょうきん）と呼ばれる布巾や刷（せつ）という特殊な器具などが用いられます。</p><p><br /></p>

<p>フランスではこれが非常に簡易にアレンジされており、スプーンやフォークを乗せた一つの器を風呂敷で包むだけです。 さすがフランスと言うべきか摂心中でも、コース料理のようにひとつ食べ終わると次が出てくるようになっており、だから食器も一つで足りたのでしょう。 作法も偈文はしっかり唱えられていましたものの、かなりラフで自然な食べ方でした。 </p><p><br /></p>

<p>食材も少し違います。 永平寺では朝食を小食（しょうじき）と呼び、沢庵がつきますが、こちらでは朝食を「guen mai」と呼び内容もお粥と胡麻塩のみでした。しかも、この粥には玄米、にんじん、セロリなどと共に、五葷（ごくん）と呼ばれ、永平寺では料理に使われない葱や玉葱が入っていました。</p><p><br /></p>

<p><img alt="9_ouryouki.jpg" src="http://www.higan.net/news/images/9_ouryouki.jpg" width="600" height="337" class="mt-image-none" style="" /></p>

<p><br /></p><p>（写真：参加者たちの応量器）</p><p><br /></p>

<p>さらに菜食主義者が少ないこともあって、時には肉など動物性の食材が使われることもあります。お釈迦様は托鉢で頂いたものは選り好みせず全て頂いていたという話もありますので、この点には私も異論はありませんが。</p><p><br /></p>

<p>食べ終わったら応量器にお湯を入れてキレイに中を拭ってから片付けます。日本なら沢庵で器をキレイにするところですが、フランスで使用するのはなんとパン。そして食後にはコーヒーやお茶を飲みながら歓談をし、それから各自の部屋でしばらくシエスタをするのがフランス流でした。</p><p><br /></p>

<h2>生活も修行のうち、摂心での作務</h2><div><br /></div>

<p><img alt="10_souji.jpg" src="http://www.higan.net/news/images/10_souji.jpg" width="200" height="355" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" />禅宗では行住坐臥（ぎょうじゅうざが）という言葉にあるように、生活の全てが修行と考えられていて、掃除などの作務も修行のひとつとしてとても大切にされています。永平寺では作務に留まらず、お寺の運営に関する一切の業務が内容によって部所が分けられており、すべてを僧侶が分担して行っています。</p><p><br /></p>

<p>サン・デムールでは数名の重要な役職はフィリップ老師が決めますが、その他の作務担当は挙手制で決めていました。</p><p><br /></p><p>トイレや回廊などの掃除や、他にも「記録写真の選定」「袈裟や絡子の縫製」「フィリップ老師の提唱を記録、印刷」などの係があり、食事の準備や片付けも行います。毎日の食事は永平寺と同じく典座寮（てんぞりょう）と呼ばれる料理役に選ばれた方々が作ってくださいました。</p><p><br /></p><p>（写真：掃除の様子）</p><p><br /></p>

<h2>自分で作る袈裟と絡子</h2><div><br /></div>

<p><img alt="11_kesa.jpg" src="http://www.higan.net/news/images/11_kesa.jpg" width="600" height="337" class="mt-image-none" style="" /></p>

<p><br /></p><p>（写真：お袈裟）</p><p><br /></p>

<p>この摂心で一番感心したのが、お袈裟（けさ）と絡子（らくす）［※簡易なお袈裟］を自分たちで作るという点です。これは是非とも日本でも実践して欲しいところです。もちろん永平寺でも自分で縫われる方はいらっしゃいましたが、僧侶が自分で縫製するのは一般的ではありません。しかし、もともとお袈裟は捨てられていたようなボロ切れを僧侶自身が拾い集めて作ったものでした。特に禅宗においてお袈裟を頂くということは、お釈迦様から続く「法」を正しく受け継いだということの証です。ですから、自分のものを自分で縫うというのはとても大切なことと感じます。</p><p><br /></p>

<p>また、 絡子は受戒（じゅかい）して、仏の教えに帰依する際に、師匠から頂くのですが、日本ではこの裏側に師匠などに書を書いて頂く習慣があります。この習慣はフランスにも伝わっていて、花などの水墨画と共に「禅語」や沢木老師が好んだ「大智禅師」の詩が書かれているのを見ました。サンガにも書道に関心を持っている方が多く私も少し教える機会がありましたが、やはり使い慣れない筆に慣れるのは時間がかかるようで、絡子裏の書は何人かだけに任されているようでした。</p><p><br /></p>

<p><img alt="12_rakusu.jpg" src="http://www.higan.net/news/images/12_rakusu.jpg" width="600" height="450" class="mt-image-none" style="" /></p>

<p><br /></p><p>（写真：絡子の裏書）</p><p><br /></p>

<p>「<a href="http://www.higan.net/news/2012/02/33.html">禅僧が見たヨーロッパ禅の今、フランス摂心レポート（3/3）</a>」へ続く（明日更新予定）。</p>]]>
    </content>
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    <title>Facebookプラグインのエラーについて - 告知</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.higan.net/topics/2012/02/facebook-2.html" />
    <id>tag:www.higan.net,2012:/topics//60.6459</id>

    <published>2012-02-04T01:44:58Z</published>
    <updated>2012-02-04T01:51:38Z</updated>

    <summary>現在、彼岸寺ではFacebookの各種プラグイン（連携パーツ）を表示させておりますが、昨日（2/3）以下のプラグインにてエラーが発生しておりました。 ◆アクティビティ・フィード・プラグイン（Activity Feed Plugin） ◆レコメンデーション・プラグイン（Recommendations Plugin） 現在は復旧しているようですが、原因を調べたところ提供元のFacebookの開発者用サイトでも同様に「Invalid acti...</summary>
    <author>
        <name>松下弓月</name>
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    </author>
    
        <category term="彼岸寺関連" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.higan.net/topics/">
    <![CDATA[
    
    ]]>
　　　　<![CDATA[<p>現在、彼岸寺ではFacebookの各種プラグイン（連携パーツ）を表示させておりますが、昨日（2/3）以下のプラグインにてエラーが発生しておりました。</p><p><br /></p>

<p>◆アクティビティ・フィード・プラグイン（Activity Feed Plugin）<br />
◆レコメンデーション・プラグイン（Recommendations Plugin）</p><p><br /></p>

<p>現在は復旧しているようですが、原因を調べたところ提供元のFacebookの開発者用サイトでも同様に「Invalid action type」とエラー表示されており、どうやら提供元で何か問題が起きていたようです。</p><p><br /></p>

<p><a href="https://developers.facebook.com/docs/guides/web/#plugins">https://developers.facebook.com/docs/guides/web/#plugins</a></p><p><br /></p>

<p>「Invalid action type」の表示をご覧になり、「何か問題が！？」と心配されている皆さま、彼岸寺のシステムやお使いのブラウザやOSによる問題ではないかと思われます。つぶやきもfacebookコメントも問題なくご使用いただけますので、どうぞご安心ください。</p><p><br /></p>

<p>今後もこのようなケースが発生することも考えられますが、その都度対応いたします。ご不便をおかけしますが、どうぞご了承ください。</p>]]>
        
    </content>
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    <title> 【2/18】身体と心が美しくなる掃除の日 - 告知</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.higan.net/topics/2012/02/-218.html" />
    <id>tag:www.higan.net,2012:/topics//60.6458</id>

    <published>2012-02-04T01:22:43Z</published>
    <updated>2012-02-04T01:27:30Z</updated>

    <summary>お坊さんと一緒に掃除をしてみませんか？　仏道では掃除は大切な修行のひとつです。 なぜ掃除をすることで心が調うのでしょうか？　常に安らかな気持ちでいられるようになるのはなぜでしょう？　彼岸寺の松本圭介（著書『お坊さんが教えるこころが整う掃除の本』ディスカヴァー・トゥエンティワンより発売中）と星覚（著書『身体と心が美しくなる禅の作法』主婦の友社より2月17日発売予定）が具体的な掃除のやり方や著書の内容を交えながら仏教と掃除の関係を解説します...</summary>
    <author>
        <name>松下弓月</name>
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    </author>
    
        <category term="イベント" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    <category term="『お坊さんが教えるこころが整う掃除の本』" label="『お坊さんが教えるこころが整う掃除の本』" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="『身体と心が美しくなる禅の作法』" label="『身体と心が美しくなる禅の作法』" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.higan.net/topics/">
    <![CDATA[
    
    ]]>
　　　　<![CDATA[<p>お坊さんと一緒に掃除をしてみませんか？　仏道では掃除は大切な修行のひとつです。</p><p><br /></p>

<p>なぜ掃除をすることで心が調うのでしょうか？　常に安らかな気持ちでいられるようになるのはなぜでしょう？　彼岸寺の松本圭介（著書『お坊さんが教えるこころが整う掃除の本』ディスカヴァー・トゥエンティワンより発売中）と星覚（著書『身体と心が美しくなる禅の作法』主婦の友社より2月17日発売予定）が具体的な掃除のやり方や著書の内容を交えながら仏教と掃除の関係を解説します。</p><p><br /></p>

<p>掃除のいろはをお坊さんから学んだら、坐禅をして身心を調え、実際にお寺で身体と心が美しくなる掃除を体験してみましょう。きっと家でも楽しく掃除をしたくなるヒントがいっぱいみつかるはずです。</p><p><br /></p>

<p>掃除を通じて日常の中で簡単に実践できる仏教の基本を学んで悩みや不安を磨き落としていくスッキリ心地よい生き方を身につけて下さい、</p><p><br /></p>

<p>日時：2012年2月18日（土）07：30〜10：00<br />
会場：梅上山光明寺（東京都港区虎ノ門3-25-1　東京メトロ日比谷線神谷町駅より徒歩1分） <a href="http://www.komyoji.org/">http://www.komyoji.org/</a><br />
当日のメニュー：お坊さんとのお掃除、坐禅、作務（サンパチ清掃）、お坊さんとのお話。<br />
持ち物など：なるべく動きやすい格好でお越しください。坐禅がありますので、スカートはご遠慮ください。また、「マイ雑巾」をお持ちいただくのがオススメです。使わなくなった古いタオルを縫いあわせて簡単にお作りいただけます。<br />
申込み：必要ありません。<br />
費用：1000円（書籍代込）。<br />
※当日は書籍を特別価格1000円にて販売いたします。</p><p><br /></p>

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    <title>禅僧が見たヨーロッパ禅の今、フランス摂心レポート（1/3） - 時事</title>
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    <published>2012-02-03T04:45:36Z</published>
    <updated>2012-02-04T02:50:46Z</updated>

    <summary>編集部より：曹洞宗の僧侶で、アーティストでもある風間天心さんに昨夏フランスで参加された摂心（集中して坐禅をするキャンプ）について寄稿していただきました。天心さんは、今週末パリでパフォーマンスと作品の展示する「OPEN STUDIO」を開催されます。修行僧が道場で行う厳格な食事作法を見せるパフォーマンスはUstreamで中継が行われる予定です。現地に行けない方も、ぜひUstreamにてご覧ください。（中継は日本時間の2月4日（土）の深夜2...</summary>
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        <name>虚空山彼岸寺</name>
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    </author>
    
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    <category term="ヨーロッパ禅" label="ヨーロッパ禅" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
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    <category term="曹洞宗" label="曹洞宗" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
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    <![CDATA[
    <img src="http://www.higan.net/news/images/0_ouryouki.jpg"  />
    ]]>
　　　　<![CDATA[<p><b>編集部より：曹洞宗の僧侶で、アーティストでもある風間天心さんに昨夏フランスで参加された摂心（集中して坐禅をするキャンプ）について寄稿していただきました。天心さんは、今週末パリでパフォーマンスと作品の展示する「OPEN STUDIO」を開催されます。修行僧が道場で行う厳格な食事作法を見せるパフォーマンスはUstreamで中継が行われる予定です。現地に行けない方も、ぜひUstreamにてご覧ください。（中継は日本時間の2月4日（土）の深夜2〜3時と2月5日（日）の23時〜24時に行われます。詳しくは<a href="http://ameblo.jp/tengshing/entry-11150605204.html">天心さんのブログ</a>をご確認ください。（構成：松下弓月）</b></p><p><br /></p><p>曹洞宗僧侶、北海道東川寺徒弟、風間天心と申します。私は武蔵野美術大学にて美術を学び、それから曹洞宗大本山永平寺で一年間の修行を終えました。武蔵野美術大学のパリ賞をいただいたことで、現在はアーティストとしてフランスの首都パリ市に滞在しております。</p><p><br /></p>

<p>今回は、永平寺の先輩であり良き友人でもある星覚さん（現在ベルリンにて禅道場を開催中）のご紹介で参加させていただいた、昨年夏にフランスで行われた摂心（せっしん）についてご報告いたします。もともと大学では「美術と宗教の関係性」を研究テーマにしていたのですが、実際にフランスの禅を目の当たりにしてみると実に多くの発見がありました。これから私が見た日仏禅文化の違いや、それぞれの問題点。そして両者の未来への願いについて、みなさんにお伝えできればと思います。</p>]]>
        <![CDATA[<h2><br /></h2><h3>流浪するサンガ「サン・デムール」について</h3><div><br /></div>

<p><img alt="2_gathering.jpg" src="http://www.higan.net/news/images/2_gathering.jpg" width="600" height="399" class="mt-image-none" style="" /></p>
（写真：サン・デムールのメンバー）

<p> <br />
私が参加した摂心はフランス北西部のRadinghem（ラディンヘム）という田舎町で7月30日（土）から8月13日（土）にかけて開催され、私は最初の一週間に参加しました。摂心とは食事と僅かな睡眠以外は一日中坐禅をする禅宗の行持［※行事のこと］です。日本でも永平寺では2月と12月に、総持寺では6月と12月に一週間程かけて大きな摂心が行われています（曹洞宗両本山の場合）。一方、フランスでは各地にサンガがあり、それぞれが月に何度も数日間の短い摂心を行っています。</p><div>&nbsp;<p></p>

<p>今回の摂心を主催したのは「sans demeure（サン・デムール）」というサンガで、「特定の拠点を持たない」という意味です。 サン・デムールでは主にフランス人とドイツ人のメンバーが普段は別の仕事に就きながらサンガの運営を行っており、毎年夏にはフランスとドイツで交互に摂心を行っています。Reiryu Philippe Coupey（霊龍フィリップ・クーペイ）老師が指導者を務められたこの摂心には、サンガのメンバーとネットの告知を見た一般参加者で合わせて200名ほどが参加していました。</p><p><br /></p>

<p>摂心ではフランス語とドイツ語が主に使われており、フィリップ老師がフランス語で行う口宣（くせん）［※坐禅中の法話］もドイツ語の同時通訳が行われていました。私は英語も片言で海外での坐禅経験もなかったのですが、通訳を一人つけていただいたお陰でなんとか彼らの一員として参加することができました。</p><p><br /></p>

<p>サンガでははじめての日本人参加者で、しかも僧侶ということで受け入れにも戸惑があったようです。それにも関わらず様々な点でご配慮してくださったフィリップ老師とサンガの皆さん、そして滞在期間中、毎日たった一人を相手に翻訳を続けてくださったGuy（ギ）氏に、この場をお借りして多大な感謝を申し上げたいと思います。そして今後とも親密な交流をさせて頂けたら幸いと存じます。</p><p><br /></p><p><img alt="1_philippe_roushi.jpg" src="http://www.higan.net/news/images/1_philippe_roushi.jpg" width="600" height="399" class="mt-image-none" style="" /></p>
（写真：霊龍フィリップ・クーペイ老師）</div><div><br />&nbsp;

<h3>一日の流れ</h3><div><br /></div>

<p>まず日程の一例を見て摂心のおおまかな流れを把握して頂ければと思います。このサンガは曹洞宗の流れを汲んでいるため、大筋は曹洞宗修行道場での日課に則していますが、細部はフランス流（もしくはこのサンガ流）にアレンジされています。</p><p><br /></p>

<p>朝<br />
06：00　　　　　振鈴（しんれい）［※起床］<br />
06：30〜07：10　暁天坐禅（きょうてんざぜん）・一炷目<br />
07：10〜07：20　経行（きんひん）［※歩く坐禅］<br />
07：20〜08：00　暁天坐禅・二炷目<br />
08：00〜08：20　朝課（ちょうか）［※朝のお務め］「般若心経・本尊上供、他」<br />
08：30〜09：00　小食（しょうじき）［※朝食、粥と胡麻塩］<br />
09：00〜09：30　歓談［※カフェタイム］<br />
09：30〜10：30　作務（さむ）［※掃除や各種準備］<br />
11：00〜12：00　坐禅</p>

<p>昼<br />
12：30〜13：00　中食（ちゅうじき）［※昼食、玄米や野菜など］<br />
13：00〜13：30　歓談<br />
13：30〜14：30　昼寝［※シエスタ］<br />
14：30　　　　　振鈴<br />
15：00〜16：00　作務</p>

<p>夜<br />
16：30〜17：10　坐禅・一炷目<br />
17：10〜17：20　経行<br />
17：20〜18：00　坐禅・二炷目<br />
18：30〜19：00　薬石（やくせき）［※夕食、玄米や野菜など］<br />
19：30〜20：00　歓談<br />
20：30〜21：30　夜坐（やざ）<br />
21：30〜22：00　晩課（ばんか）［※夜のお務め］「大悲心陀蘭尼・四誓願文、他」<br />
22：30　　　　　開枕（かいちん）［※消灯］</p><p><br /></p>

<p>一読して、食後にカフェタイムやシエスタがあることに、驚かれた方もいらっしゃるのではないでしょうか。しかし、 日本でも一般向けの坐禅会では茶話会が設けられていますし、カフェタイムはお互いが交流し意見交換するとてもいい機会だと思います。わたしは初めての海外での坐禅経験ということもあり、知らない事だらけだったのでとても貴重な時間になりました。</p><p><br /></p>

<p>また、昼食後には一時間半ほどのシエスタ（仮眠）をとるのですが、これも坐禅に集中する為には効果的でした。 仏教の教えはそれぞれの土地の慣習を取り入れながら広がってきたものですから、このようにそれぞれの文化に合うようにアレンジするのも悪いことではないと思います。</p><p><br /></p><p>「<a href="http://www.higan.net/news/2012/02/13.html">禅僧が見たヨーロッパ禅の今、フランス摂心レポート（2/3）</a>」へ続く。</p></div>]]>
    </content>
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    <title>お坊さんが読み解く仏教マンガの世界（前編） - 時事</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.higan.net/news/2012/02/post-22.html" />
    <id>tag:www.higan.net,2012:/news//59.6456</id>

    <published>2012-02-03T04:06:02Z</published>
    <updated>2012-02-05T00:47:47Z</updated>

    <summary>　私はマンガが好きである。いや、大好きである。　大学院生の頃、漫画史研究会というマンガ研究者のサークルに参加して、マンガを構造論的に見ていく面白さに触れてからは、「自分がなぜこのマンガが好きなのか？　このマンガの何に心を打たれるのか？」といった視点で、マンガを読むようになった。　本稿は、大まかに時代を切り取り、仏教に関するマンガ（以下「仏教マンガ」と記す）に関しての流れを整理しながら、その傾向を分析することを目的としている。 ...</summary>
    <author>
        <name>虚空山彼岸寺</name>
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    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.higan.net/news/">
    <![CDATA[
    <img src="http://www.higan.net/news/images/_DSC891202.jpg"  />
    ]]>
　　　　<![CDATA[<p>　私はマンガが好きである。<b>いや、大好きである。</b><br />　大学院生の頃、漫画史研究会というマンガ研究者のサークルに参加して、マンガを構造論的に見ていく面白さに触れてからは、「自分がなぜこのマンガが好きなのか？　このマンガの何に心を打たれるのか？」といった視点で、マンガを読むようになった。<br /><br />　本稿は、大まかに時代を切り取り、仏教に関するマンガ（以下「仏教マンガ」と記す）に関しての流れを整理しながら、その傾向を分析することを目的としている。<br /><br /><br /></p> ]]>
        <![CDATA[<h4>●彼岸寺と仏教マンガの意外な関係</h4>　あるとき、こういったマンガの読み方の話を、彼岸寺の運営メンバーたちとしていたら、「今、水沢めぐみの『<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4086175088/higanji-22/ref=nosim/">寺ガール</a>』という作品が『Cookie』に連載中で、彼岸寺のメンバーも協力している作品なので、1本記事を書きませんか」との話をもらった。そういえば、以前も小玉ユキ『<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4091308406/higanji-22/ref=nosim/">光の海</a>』
というお坊さんが主人公のファンタジー作品を読んだ後、作者のあとがきを見ると、彼岸寺住職の松本圭介くんの名前を偶然見つけて、ひどく驚いたことがあっ
た。こう考えると、彼岸寺関係の人がマンガのプロットに関わることは、不自然ではなくなってきているのだろうし、それだけ若手僧侶の活動に世間の注目が集
まってきているとも言えるのだろう。<br /><div align="center"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4088671678/higanji-22/ref=nosim/" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51Ozp3Mb9zL.jpg" alt="寺ガール 1 (りぼんマスコットコミックス クッキー)" /></a><br /></div><br />　また、彼岸寺には僧侶でありながら、ビッグマイナーこと漫画家の吾妻ひでお氏に小学生の頃から師事している悟東あすかさんも連載を持たれていることを忘れてはならない。悟東さんの作品としては、2011年7月に『<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/457611073X/higanji-22/ref=nosim/">幸せを呼ぶ仏像めぐり　＜仏さま、神さま＞キャラクター帳</a>』が発売され、また臨済宗妙心寺派の月刊誌『花園』で「門前のにゃん」を、また真言宗智山派の季刊誌『生きる力』では「興教大師伝」をそれぞれ連載中である。<br /><br /><br /><h4>●お坊さんのマンガの論じ方</h4>　
さて、ここで少し私のマンガ体験について述べておこうと思う。私の物心がついた頃には、すでにマンガは世の中にあふれていて、『キン肉マン』や『北斗の
拳』が連載されている『週刊少年ジャンプ』を読み始め、自分でも主人公のキャラを真似てよく描いていた。そして、年齢を重ねて34歳になった現在でも、変
わらずマンガを読み続けている。ところが、今では普通の光景となった"大人がマンガを読む姿"は、数十年前までの日本では、違和感を与えるものであったと
いう。<br /><br />　今でこそ日本が世界に誇るマンガ（アニメ）文化であるが、数十年前までは子どものものでしかなく、大人になったら卒業すべきもの
との認識が一般的であった。しかし、子どもの頃から質の高いストーリーマンガに触れてきた団塊の世代以降の読者たちは、大人になっても読み続けることに違
和感がなく、また作者や出版社側も大人をターゲットにした教養・情報マンガの生産に成功したことで、現在の広がりを見せるに到った。<br /><br />　そ
の一方で、"いわゆる文学と呼ばれるジャンルのものと比べて、マンガは低俗なので読む価値はない"という議論が大まじめにされることがある。今現在この文
章を読んでいる皆様の中にも、そうお考えの方もおられるかも知れない。しかし、この議論がその前提を間違えていることにお気づきになるだろうか。<br /><br />　
この議論は例えるならば、「虎と鷹はどちらが優れているか」という問いの立て方と同じ構造を持っていると言って良い。どちらも生物だとは言え、別系統の種
族なのだから優劣をつけること自体がナンセンスであり、もし仮につけられたとしても、存在に対する優劣ではない。要は、この議論の根底にあるのはただの感
情論であり、そんなことに貴重な時間を費やすのは極めて無意味である。つまり、"文字"で綴られる文学と"キャラ・コマ構造・言葉（伊藤，2005）"に
よって表現されるマンガは、別のモノであり、その間で優劣を論ずることは出来ないということである。<br /><br />　では、同じマンガ同士であれば客観
的に優劣を決められるかというと、そうも単純な話ではない。マンガ作品は、作者のマンガ表現と読者の主観的読みという異なる軸によって成り立っているもの
なので、差異は語れても優劣は簡単に語ることはできない。なので、私はここでどのマンガが素晴らしく、どのマンガがつまらないかといった、書評をするつも
りは毛頭ない。私が今回ここでしていきたいのは、先にも取り上げた仏教マンガについて、僧侶である私の読書体験からまとめたデータをもとに述べていくこと
である。<br /><br /><br /><h4>●まず、仏教マンガを4つに分類する</h4>　マンガ作品というのは、商業ベースの中で生産され、我々読者の
目に触れる。共産圏のプロパガンダを目的とするマンガであればその限りではないが、資本主義経済の日本においてはほぼ間違いなくそのプロセスを経る。つま
り、お金を払ってでも読みたいという人の存在なしには、マンガ作品は成り立たない。利潤を追求する出版社側が「この作品には読者がつく」という判断をしな
ければ、発表されることはほぼないのである。<br /><br />　では、仏教マンガには読者がいるのだろうか？　と、考えてみた。日本は、文化的に仏教が根
付いた国である。さらに、最近の仏教ブーム（私の個人的見解としては仏教ブームというよりは、 
"仏像ブーム"や"寺院イベントブーム"や"若手僧侶ブーム"のような気がするが･･･。）もあって、仏教について触れてみようという人も潜在的には多く
おられるように思う。<br /><br />　しかし、ここで頭の隅に置いておかなければならないのが、仏教マンガの読者が、仏教のもつ豊富なコンテンツの中
で、何を求めているかということを理解しておかなければならないということである。またその一方で、仏教マンガのイノベーション、つまり全く新しい切り口
で仏教コンテンツを利用し、マンガとして成立させる場合も有り得るわけで、新たな読者を開拓するという意味では、マーケティングに依らないこちらの流れも
意識しておく必要がある。<br /><br />　ところで、そもそも"仏教マンガ"と聞くと、皆さんはどのようなイメージをお持ちになるだろうか。仏教マンガ
に触れたことのない人にもちょっと想像していただくと、手塚治虫『ブッダ』に代表される"お釈迦さまの物語"を思い浮かべられるかも知れない。しかし、実
際にはもう少し多様な切り口で作品は作られており、私は知りうる限りの仏教マンガ作品を"ストーリーの面"から以下の4つに分類し、図1に示した。<br /><br />　（I）釈尊・祖師方・名僧の伝記、仏教史<br />　（II）仏教説話、仏教思想、仏教教理、仏教哲学、仏教用語<br />　（III）現代の仏教者（及びその環境）の実情・生活<br />　（IV）仏教関連キャラをモチーフにオリジナルストーリーを創作<br /><br /><img alt="仏教マンガの4分類／彼岸寺特集「仏教マンガの世界」（吉村昇洋）" src="http://www.higan.net/feature/feature/fig01.jpg" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" height="529" width="480" /><br />&nbsp;<br />　
勘の良い読者の方であれば、分類I・II・IIIが仏教の三宝(さんぽう)と類似していることがお分かりになるであろう。三宝とは、仏法僧(ぶっぽうそ
う)のことであり、「仏」は仏教をお開きになった釈尊その人、「法」は釈尊のお説きになった教え、「僧」は釈尊の教えを実践する僧侶の集団をそれぞれ示し
ている。仏教は、基本的に仏教教典に記されていることをベースにしており、それを根拠に実践を行うものである。<br /><br />　分類IVは、そういった仏
教経典に記された世界観の中にいるキャラ（仏教説話の登場人物や仏）を抜き出し、全く新しい話を創造したものを指す。ところが、この分類IVの中には、飯島
浩介『お坊サンバ!!』のように、仏教キャラの外見や名称といった表面的な部分だけが用いられ、キャラクター性や特徴を完全に無視したギャグ作品も存在
し、仏教マンガの展開はますます広がりを見せている。<br /><br />　そして、今回の分類はストーリーの面から行ったことにより、仏教マンガ独自の切り口というものは存在せず、当然文学の中にも散見されるものであり、そこに差異があるとすればあくまでも"表現方法"ということになる。<br /><br /><br /><h4>●あなどれない！ 仏教マンガの影響力</h4>　
ところで、今でこそこのような分類をして仏教マンガを論じている私であるが、仏教マンガに大きく影響を受けたのは、高校3年生の冬のことであった。その頃
私は、広島の進学校の国立理系クラスにいて、合格していた生物学系の国立大学と、滑り止めで受けた仏教系の私立大学という2つ選択肢のうち、どちらに進む
か悩んでいた。<br /><img alt="孔雀王―退魔聖伝" src="http://www.higan.net/feature/feature/kujakuou.jpg" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" height="450" width="327" /><br /><br />　そんなとき、読んでいたのが荻野真『<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4086175088/higanji-22/ref=nosim/">孔雀王 退魔聖伝</a>』
だった。このマンガは密教の世界観をモチーフに、主人公が孔雀明王真言を唱えては手から火炎を出して敵を倒していくという、分類としては分類IVに属する内容であ
るが、それまで仏教やお寺に全く興味のなかった私が、初めて仏教的なものに惹かれた作品でもあった。ファンタジーではあるものの、「こんなにも、仏教の裾
野は広く、魅力的なのか」と感動し、ちゃんと勉強したくなって結局仏教系の大学に進み、現在に至っている。このように、私の人生は結構マンガに左右されて
きたのである。（余談ではあるが、私が大学在学中に、元ニューヨークメトロポリタン美術館学芸員であった主人公が活躍するストーリーの細野不二彦『<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4091929052/higanji-22/ref=nosim/">ギャラリーフェイク</a>』と出会い、博物館学芸員資格も取得。川崎市の博物館で卒業までの2年間バイトをしていた。）<br /><br />　
それからというもの、仏教をモチーフにした作品に出会えば、必ずチェックするようになった。手当たり次第読んでいくうちに、これらの図1の分類が出来上
がっていったのだが、考えてみれば昔は、浄土系の寺院で「絵説(えと)き」といって、地獄絵図、来迎(らいごう)図、涅槃図、六道絵図などを用いて布教を
していた歴史もあり、分類IIに相当するものも存在していたことに気がついた。つまり、絵と仏教のつながりは、何も現代に入ってからのことではないのだ。<br /><br /><br /><h4>●あらためて、仏教マンガを定義すると？</h4>　
しかも、今回記事にするにあたって、データをまとめていると、いろいろと面白いことが見えてきた。しかしそれを語る前に、仏教マンガを簡単に定義しておく
必要があるだろう。ここでは、「既存の伝統仏教教団の中で扱われている仏教観をもとに、"キャラ・コマ構造・言葉"によって表現されたもの」としておきた
い。ゆえに、新宗教(しんしゅうきょう)もしくは新新宗教(しんしんしゅうきょう)のものは、除外した。ただし例外として、手塚治虫『ブッダ』は、某新宗
教教団の出版社発行のマンガ雑誌『コミックトム』に連載されていたが、一部の作品を除いて布教を目的とした作品群はなく、本作の内容自体も当該教団の理論
を反映させているというよりは、ブッダに関する一般的な説話をベースに描かれているものであるため、データに加えることとした。（<a href="http://www.higan.net/news/2012/02/post-23.html">後編に続く</a>）<br /><br /><br /><h4>書き手プロフィール</h4><b>吉村昇洋</b>（よしむらしょうよう）<br /><a href="http://higan.net/apps/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;id=3&amp;blog_id=58">http://higan.net/apps/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;id=3&amp;blog_id=58</a><br />曹
洞宗普門寺副住職・臨床心理士。2005年11月より、虚空山彼岸寺にて『禅僧の台所 〜オトナの精進料理〜』を連載し、"食"を通して日常に活かせる禅仏教を伝える他、カルチャーセンターや各種イベントにて精進料理の講師も務める。また、
僧侶にとって必要な"人の心と向き合う"側面に関心を持ったことから、臨床心理学を専門的に学び、現在、広島県内の病院にて臨床心理士としても活動をして
いる。<br /><br /><br /><div><br /></div><div><br /></div>]]>
    </content>
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<entry>
    <title>みんなとちがうって、どういうこと？  『おかえりなさいスポッティ』より - 絵本散歩〜お坊さんとめぐる絵本の世界〜</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.higan.net/ehon/2012/02/post-3.html" />
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    <published>2012-02-02T01:35:07Z</published>
    <updated>2012-02-03T07:00:04Z</updated>

    <summary>この可愛らしい絵本の主人公は、元気な子うさぎのスポッティ。スポッティは青い目と茶色の模様が自慢でしたが、お母さんも兄弟たちも、みんなまっ白な体にピンクの目と鼻をしていました。ある日、お母さんはエリザおばさんに言いました。「いちばんおしまいにうまれたスポッティだけが、ぜんぜんちがうの。ちゃいろのもようがあって、あおいめをしているの。そんなこどもがうまれたことを...</summary>
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        <name>清水智樹</name>
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    <![CDATA[
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　　　　<![CDATA[<p>この可愛らしい絵本の主人公は、元気な子うさぎのスポッティ。スポッティは青い目と茶色の模様が自慢でしたが、お母さんも兄弟たちも、みんなまっ白な体にピンクの目と鼻をしていました。<br /><br />ある日、お母さんはエリザおばさんに言いました。「いちばんおしまいにうまれたスポッティだけが、ぜんぜんちがうの。ちゃいろのもようがあって、あおいめをしているの。そんなこどもがうまれたことをしったら、おじいさんはいやがるかもしれないわ。かわいそうなスポッティ...」スポッティを見たエリザおばさんはびっくりぎょうてん。お母さんに、明日のおじいさんの誕生パーティには、スポッティだけ連れていかないように勧めます。<br /><br />翌朝、お母さんは悩んだすえに、スポッティをひとり残してでかけてしまいました。スポッティは悲しくて朝ご飯も食べられません。どうしたらいいか一所懸命に考えたすえに、スポッティは書き置きを残して家を出ていってしまったのです。<br /><br /> </p>]]>
        <![CDATA[<p>森の中をさまよい歩くスポッティ。歩きつかれ、お腹はペコペコで、とうとう木の根もとに座りこんでしまいます。するととつぜん、スポッティの目の前に、スポッティにそっくりな大きなうさぎ、ブラウンさんがあらわれました。</p><p><br />ブラウンさんの家に招かれたスポッティは、気が楽になりました。ブラウンさんの子どもたちは、みんな青い目に茶色の模様をしていたからです。しばらくして、スポッティは部屋のすみにかくれている子うさぎを見つけます。ホワイティという名前のその子うさぎだけが、まっ白な体に、ピンクの目と鼻をしていました。</p><p><br />おどろくスポッティに、ブラウンさんは言いました。ただひとり模様のないホワイティをおばあさんが見たら、きっと気を失ってしまう。どうしたらいいんだろう、と。</p><p><br />自分とまったく同じ境遇のホワイティに出会って、スポッティはどうしたのでしょうか？そして、ホワイティとふたつの家族はどうなるのでしょうか？<br />&nbsp;<br />この絵本のテーマは「ちがい」です。スポッティの兄弟のロージーは、エリザおばさんやお母さんに「（スポッティが）みんなとちがうって、どういうこと？」と尋ねました。こどもの素朴な疑問ですが、意味するところは小さくはありません。<br /><br />私たちは普段から「あの人は私（たち）とは違うから」と言って、自分と他者とを区別しています。このときの「ちがい」はじつにさまざまです。国、人種、宗教、言語、文化のような大きなものから性別、社会的地位、職業、住んでいる場所、果ては着ている服や趣味などの個人的な嗜好まで、挙げればきりがありません。<br /><br />私たちは日ごろ、こうした「ちがい」を刃物のように使って、他者を切り分けながら生きているかのようです。その結果、いさかいが生まれ、ついには戦争まで引き起こしているのです。こうしたことは、スポッティとホワイティが体の模様が違うという理由で仲間はずれにされてしまったことに象徴されています。<br /><br />仏教のお経のひとつ『阿弥陀経』（あみだきょう）に、「青色のものは青い光を放ち、黄色のものは黄色の光を放ち、赤色のものは赤色の光を放ち、白色のものは白色の光を放つ」（青色青光、黄色黄光、赤色赤光、白色白光）という一句があります。<br /><br />『阿弥陀経』は、仏さまの理想郷（＝極楽浄土）を描いたお経です。上の一句は、「極楽浄土では、あらゆるものがそれぞれの個性のままに光輝いている」と言いかえることができます。私たちは、だれ一人として同じ人間はいません。同じように見える木の葉ですら、一枚一枚みな違うのです。極楽浄土とは、そうした違いは違いのままに、ひとつひとつの存在が無限に尊いものとして、まるごと受け入れられている世界です。<br /><br />この世界はただのファンタジーではありません。仏教は、生きとし生けるものはみな、仏さまの限りない光に照らされ、その大きな願いの中に抱かれて生きている、と説きます。そのことに目覚めるとき、私たちがじつは仏さまの世界そのものに生きている、ということに気づくのです。<br /><br />違いがなくなることはありませんが、違いを受けいれることはできます。私たちがそれぞれの違いを受けいれることができたとき、この世界は仏さまの世界のように美しく輝くことでしょう。この絵本は、違いを認めない悲しさと、それを受けいれた世界のすばらしさの両方を教えてくれます。<br /><br />絵本の最後のシーンをご覧ください。ぼくにはそれが、だれもが光り輝く仏さまの世界のように見えてくるのです。<br /><br /><br /></p>

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    <title>春はすぐそこ!!　菜の花のレンコン餅 - 禅僧の台所〜オトナの精進料理〜</title>
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    <published>2012-02-01T00:00:00Z</published>
    <updated>2012-02-01T11:51:55Z</updated>

    <summary> 　 スーパーに買い物に行くと、葉もの野菜がやたらと高いですね。  　私なんかは、高いものは基本的に買わず、その時安い食材で創作するので、実はそれほど困ってはいません。 しかし、菜の花ばかりは、季節が限定されるし、たまに食べたくなるので、多少高くても買ってしまいます。 まぁ、規格外品や消費期限間近の特価商品の棚にあれば、言うことなしなのですが・・・。  　と...</summary>
    <author>
        <name>吉村昇洋</name>
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        <category term="○炒め物" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    <category term="レンコン料理" label="レンコン料理" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
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    <category term="春の精進料理" label="春の精進料理" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
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    <![CDATA[
    <img src="http://www.higan.net/shojin/images/nanohana-renkonmochi.jpg"  />
    ]]>
　　　　<![CDATA[<p><br />
<img alt="shoyo01.gif" src="http://www.higan.net/blog/shojin/images/shoyo01.gif" width="30" height="36" align="left"vspace="3" hspace="8">　 スーパーに買い物に行くと、葉もの野菜がやたらと高いですね。 <br /><br />
　私なんかは、高いものは基本的に買わず、その時安い食材で創作するので、実はそれほど困ってはいません。 しかし、菜の花ばかりは、季節が限定されるし、たまに食べたくなるので、多少高くても買ってしまいます。 まぁ、規格外品や消費期限間近の特価商品の棚にあれば、言うことなしなのですが・・・。 <br /><br />
　ということで、今回はこれまた旬が終わろうとしているレンコンを使って、彩りも美しい菜の花のレンコン餅を作りました。 <br /><br />
　今年の冬はまだまだ寒く、被害も甚大ですが、春の訪れを心待ちにしていきましょう。 <br /><br />
 <strong>【 レシピ 】</strong> ＜2人分＞<br />
・ レンコン･･･150ｇ<br />
・ 菜の花･･･2本<br />
・ 片栗粉･･･大さじ2<br />
・ 白味噌･･･小さじ2 <br /><br />
・ 胡麻油・・・小さじ1 <br /><br />
 <br /></p>]]>
        <![CDATA[<p><strong> 【 作り方 】 </strong>出来上がりTIME　30分<br />
・ レンコンは、皮を剥き、すり下ろしておく。<br />
・ 菜の花は、30秒ほど塩ゆでし、1本をみじん切りにし、もう一本は付け合わせ用に置いておく。<br />
<img alt="nanohana-renkon-zairyou.jpg" src="http://www.higan.net/blog/shojin/images/nanohana-renkon-zairyou.jpg" width="200" height="200" align="right" vspace="5" hspace="5"><br />
<strong>（1）</strong>　ボウルに、すり下ろしたレンコンとみじん切りした菜の花、白味噌を入れてかき混ぜ、片栗粉を加えて、さらに混ぜ合わせておく。 <br /> <br />
<strong>（2）</strong>　(1)を一口大に形成し、胡麻油を引いたフライパンで、両面をそれぞれ8分ずつ弱火で炒める。 <br /> <br />
<strong>（3）</strong>　(2)を器に盛り、付け合わせを添えて、完成。 <br /> <br />
 <br /><br />
■ <strong>作り方のポイント</strong><br />
・ すり下ろしたレンコンは、種類によって水分の多少があります。水分の多い場合は、ザルにあげて適度に切りますが、少ない場合はそのままで問題ありません。<br />
 <br /><br />
● <strong>ひとこと</strong><br />
<img alt="shoyo01.gif" src="http://www.higan.net/blog/shojin/images/shoyo01.gif" width="30" height="36" align="left"vspace="3" hspace="5">　今回は、白味噌で味付けをしていますが、他の種類の味噌でも構いません。 <br /><br />
　菜の花のような少し苦みのある春の若芽と味噌との相性は絶妙で、味噌汁にしても美味しく頂けます。 <br /><br />
　是非、いろいろと試してみてください。  <br /><br />
 <br /></p>]]>
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    <title>囚人のジレンマ - 日日是好日</title>
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    <published>2012-01-31T22:08:18Z</published>
    <updated>2012-02-01T14:35:47Z</updated>

    <summary>数日前のことですが、こんなニュースが目に止まりましたなりました。郵送での納骨、なぜ認めない...愛媛の寺が提訴市を提訴した寺院の主張は、「先祖代々の墓が放置される例も増える中、郵送での永代供養はニーズがある。どうして国民の宗教的感情と合わないのか疑問」というものです。このニュースは彼岸寺に集う友人知人の間でも話題になり、なんとなく皆の意見の方向としては、「ニーズがあるのは確かだが、それに応えるのは宗教施設の役割ではないのではないか？」というものでした。これが営利を旨とする企業の事業として行われるのであれば意味のあることだと思いますが、信仰、宗教を第一に考えるべきお寺が引き受けるべきニーズではないと感じるのです。...</summary>
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        <name>青江覚峰</name>
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    <category term="お墓" label="お墓" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="ゲーム理論" label="ゲーム理論" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
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    <category term="納骨" label="納骨" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
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    <img src="http://www.higan.net/navi/02012012.jpg"  />
    ]]>
　　　　<![CDATA[<div>数日前のことですが、こんなニュースが目に止まりましたなりました。</div><div><br /></div><div><a href="http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20120125-OYT1T00166.htm?from=tw">郵送での納骨、なぜ認めない...愛媛の寺が提訴</a></div><div><br /></div><div>市を提訴した寺院の主張は、「先祖代々の墓が放置される例も増える中、郵送での永代供養はニーズがある。どうして国民の宗教的感情と合わないのか疑問」というものです。</div><div>このニュースは彼岸寺に集う友人知人の間でも話題になり、なんとなく皆の意見の方向としては、「ニーズがあるのは確かだが、それに応えるのは宗教施設の役割ではないのではないか？」というものでした。これが営利を旨とする企業の事業として行われるのであれば意味のあることだと思いますが、信仰、宗教を第一に考えるべきお寺が引き受けるべきニーズではないと感じるのです。</div>]]>
        <![CDATA[<div>「処分」に困ったお骨は郵送で納骨してもらえばいいという安直な発想は、けっして受け入れやすいものではありません。一方で、それでもきちんとお寺に納めて供養してもらおうという気持ちがあってこその選択であるとも考えられます。</div><div><br /></div><div>しかしながら、供養というのはお寺とお骨の二者間で完結するのではなく、そこにそのお骨と縁の深い人々が介在していなくては本来の意義をなしえません。</div><div>そのような意味においても、人々のお寺離れ、仏教離れが深刻だと言われ続けて久しい今、あえて「郵送で納骨」という手法がとられたことには危機感を禁じえません。このニュースを受けて、仏教は死者のためのものではなく、生きている人間のためにこそ有用なものであるということを、私たち宗教者はもっと強く訴えていかなくてはいけないとの思いを新たにしています。</div><div><br /></div><div>お骨の処分に困っている、つまり苦を抱えている人がいることは事実でしょう。しかし、本当の苦はお骨の処理方法ではなく、お骨を「処分」するという発想自体なのではないでしょうか。お寺が本当にするべきことは、処分に困ったお骨を引き受けることではなく、お骨の処分に困らないような宗教的環境の醸成なのだと思います。それができて初めて、その苦と向き合うことができるのではないでしょうか。</div><div><br /></div><div>このニュースを「良い」「悪い」でくくることは僕には出来ません。しかし「お寺」という業界を担う一人として、この行為が最善の策ではないと結論づけます。</div><div><br /></div><div>このニュースを見てお寺や仏教にポジティブな気持ちを持つ方は非常に少ないと思います。少なくとも市に「郵送で無制限に遺骨を募るのは国民の宗教的感情に適合せず、公衆衛生の見地から容認できない」というコメントを発表させ、裁判を起こし、ニュースとして広めていることは事実です。この流れがお寺という業界にとってプラスになるものではない限り、これが良策であったとはとうてい考えられないのです。</div><div><br /></div>]]>
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